好きだからこそ 4


連絡先を訊いておけば良かった。


オレとした事が、大失態…だ。


彼が通う高校は男女共学だが、校門前のスーツにコート姿は、不釣り合いらしい。


生徒達の視線が痛い。


こんな時に限って、下校時間が他の生徒より遅かったりするのだろう。


腕時計に視線を落とす。


ハァ…


タイムリミットだ…。


だが、今朝の愛の寝顔が頭に浮かぶ。


後10分だけ、待ってみるか。



「…一条…さん?」



急いで、声の主を見てみると_、

良かった。待ち人だ。



「はい。学校にまで押しかけてしまって、申し訳ございません。 紫津木さまに、教えて頂きたい事が御座いまして。」


「悪ィ、紫津木。 遠目で葵さんに見えたんだ。」


「いいよ。」



隣に立っているこの軽そうな少年は、彼の友人だとして…

後ろの群衆は、いったい…?



「……こちらの方々は?」


「……あ…」



彼は、困った様に後ろを振り返ると、隣の友人が、察したのか、両手を上げて、手を叩いた。



「はーい!今日は、これで解散!」


「……何か、すみません。」


「いえ…こちらこそ、突然来てしまって…」



本当に、何の集まりなのかと、疑問に感じていると、


「おーい!紫津木! その彼が、本命か? それとも、お遊び?」



揶揄うような口調で、何処からか聞こえてきた。



「これから2人でホテルか?」



いったい何の事だ?


声がする方を辿っていくと、校舎の2階の窓から身を乗り出して叫んでいる生徒が2人。



「…アイツら!」


「北本、よせ!」



ああ。この彼が、北本君。



「北本!オマエも混ざって3Pかぁ?」


「オメェらも混ぜて欲しいんか?」


「北本?!」


「ああ。そういや、オマエ紫津木にフられたんだっけ?」


「は?!!」


「残念だったな!」



この一言で、後の群衆がドッと沸き、彼らは校舎の奥に引っ込んで行った。



「オイ!どういう事だよ。」


「アレ?覚えてない? アイツの事、春頃フッてたじゃんか。『そっちの気は無い』とか言って。 だからアイツなりに、今回の件で思うところがあったんじゃねぇの?」


「そっか…悪い事したな。」


「ホント、愛ちゃんと出会ってから、オマエ優しくなったよな。」


「北本も、今みたいな事は止めてくれ。 オマエまでターゲットになるぞ。 それからオマエらも! 守ってくれるのは嬉しいが、オマエらになんかあったら、オレが困るし、責任持てねぇ。」


「私達は、大丈夫です! さっきの人達も、紫津木君が怖いもんだから、近くで言えないのよ。卑怯よね。」


「紫津木、ひとりで抱え込んでんじゃねぇよ。 もっと、オレらを頼れよ。」



話が見えない上に、時間が無い。



「紫津木さま?」


「一条さん?!」



オレが声をかけたと同時に、オレを呼んだ奴の顔を見ると、

ああ。…面倒な奴に見られた。


そう思って、紫津木さまの顔を見ると、オレと同じ考えだったのか、

片手で顔を覆い、天を仰いでいた。



「一条さんが、何故こんな所に? 紫津木に何かありましたら、私を通していただかないと。」



平静を装っているようだが、明らかに顔が強張っているぞ。板垣葵。



「いえ。完全にプライベートな話ですので。

それとも何ですか? プライベートまで、管理なさってるのですか?」



ますます強張って、眉間に皺までよったぞ。

フッフッ。面白い。



「……2人共、何かあったんスか?」



紫津木さまのこの一言で、平静を取り戻したのか、彼の方を向き、



「時間が無い。行くぞ。」


と、明らかにオレから遠ざけようとしている。



「ちょと待って。」



そんな葵に、視線だけで否すと、オレの前まで来て、小声で話し始めた。



「一条さんが、わざわざオレの所まで来たという事は、愛に何かあった?」


「……まあ…そんな所です。」


「……命に関わる事じゃねぇんだよな?」


「……今のところは。」


「どういう意味だ?」



オレは、葵に一旦視線を送ってから、話し始めた。



「今の状態が長く続くようですと、干物になってしまいます。」



オレのこの言葉に1つ溜息をつくと、前髪をかきあげながら、イライラした様子で、チラっと葵を見た。



「ああ。そうだな。オレだって、そうだ。」


「紫津木さま、今日お時間とれませんか?」


「そうだな。」



そう呟いた紫津木さまの瞳の奥が、ギラッと光った。


さらに、オレに近づくと耳許まで唇を寄せてきた。



「オレのアパートに来て。時間は、10時で。」



オレの耳許から唇を離す時、葵の方に視線を送っていた。


ああ。そういう事か。

なら、オレも乗っかりますか。


紫津木さまの手首をグイッと引き寄せ、少し高い位置にある耳許に顎を上げ 、唇を寄せた。



「了解しました。私も、80あるのに、アナタ高過ぎです。」



そっと唇を離すと、葵が紫津木さまの肩を掴み、勢い良くオレから引き離した。


紫津木さまは、満足そうに微笑まれて、私にアイ・コンタクトで「また。」と挨拶してから、葵の車に乗り込んでいった。



「……一条さん。だっけ?」


「……何でしょうか? 北本さま?」



ニコッと揶揄うような笑顔を私に向けた。



「いやあ、いいもの見せてもらったわ。」



……そりゃどうも。


オレは、一つ溜息をついて、天を仰いだ。





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