第3話 好きだからこそ 1


「何か必要なものがありましたら、私が取りに行きますよ。」


「……うん。ありがとう。」



オレは、今朝と同じように一条さんのリビングで、膝を抱えて顔を埋めてる。


ただ違うのは、藍から借りてる部屋着を抱き締めてるという事。



藍の匂い……



あの手紙を読んだ後、暫く帰らない方がいいという事になり、

一泊分の予定だったけど、それなりの大きな荷物を抱えて戻ってくる事になった。



「…一条さん、ごめんね。転がり込んじゃって。」


「いえ…私は、構いませんが…愛さまは、大丈夫ですか?」


「え?……何が…?」


「暫く…震えておいでだったので。」


「…うん。」



膝を抱える腕に、力が入ってしまう。



「…オレは、大丈夫だけど…藍は、大丈夫だろうか…何も無きゃいいけど…。」


「そうですね…動きがあるとしたら、明日でしょうか?」


「モサ男は、何が狙いなんだろうか?

藍の事、傷つけたと思ったら、キスなんて…強請るし…。 オレが、邪魔なのかな…?」


「さあ…そういった輩の考える事は、わかりかねます。」



藍…また無茶しなきゃいいけど…


藍が、無茶する時は、オレ絡みの事が多い。

鈍いオレでも、それぐらいの事は、わかる。


携帯壊したのだって、

3人相手に、闘ってくれた時だって、

安堂の客を追い返すために、リスクを承知で応対してくれたのだって…


みんな、オレのため…。



「藍は、自分が有名人だっていう認識は、あるのかな?」


「それは、勿論お有りだと思いますが、彼自身にとって、それほど重要な事ではないのでしょうね。」


「え?」


「愛さま以上に、優先するものは、存在しないという事です。」



そこだ。


自分の事も、考えて欲しい。


そうじゃなきゃ…オレ…

どうしたらいいか、わからなくなる。



その日の夜、お風呂あがりのコーヒー牛乳を飲んでいた時、藍から電話があった。


画面を見て、相手の名前を漏らしていたらしく、

一条さんは、気を利かせて書斎に仕事をがあると、消えて行った。



『愛?昨日ぶり。元気か?』


「うん…。」


『本当か?何も無いんだな?』


「うん…どうしたの?」


『……いや…無いならいいんだ。』



まさか…!藍のアパートにも、脅迫状が投函されたんじゃ?!



「藍は?大丈夫なの?何も無い?」


『……おう。ただ…愛に会えないのは、辛い。 仕事が終わって、今、アパートに着いたとこなんだけど…こんな遅い時間じゃ、そっちに行けないしな…。』



壁の時計を見ると、10時を過ぎたところだ。



「相変わらず、忙しいの?」


「ああ。仕事は好きだが…

そろそろ、お前を充電しないと…倒れるかもな。」



…オレもだよ。倒れそうだよ。

今すぐ抱きしめてよ。



「……愛?お前、本当に大丈夫か?」



藍…



「うん!大丈夫!」



ただでさえ忙しいのに、心配かけちゃいけないね。

たった2日間会ってないだけなのに、こんなにも、会いたくて会いたくて焦がれるなんて。


今までは、ちょっとした空き時間でも会いに来てくれていたんだ。

甘えてたんだな。


その空き時間ですら、今は仕事で埋められている。


会いたいなんて言ったら、無理させちゃうよね。


今は、声が聞けるだけでも、良しとしなくちゃ。



『…愛?これだけは、覚えておいて。』


「……?」


『愛だけは、どんな事があっても手放すつもりは無いから。』


「………うん…っ…ぁ…ありがとう…す…凄い嬉しい。」



まだだ。泣くな。


これぐらいで泣くなんて。


オレが泣いたら、また心配させちゃうだろ?



オレは、喉の奥から湧き起こる嗚咽を必死に堪えた。



やっとの思いで、「おやすみなさい」というと、「おやすみ」と、返してくれた。



通話を切った後、暫く膝に顔を埋めて、今の会話を反芻する。


また少し頑張れそうだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る