別れの準備期間 13
どれ位、経っただろうか……
席を立つ気にもなれず、
かと言って、目の前のパンケーキに、手をつける気にもなれず、
視線は、宙を彷徨っている。
オレのキャパ…決壊寸前…。
何も考えずに彼の胸に飛び込めたら……
どんなに楽だろう…
男同士というだけでも、ハードルは高い。
プラス、オレの過去…。
オレは、このまま埋もれた生活でもいいけど、藍は、ダメだ。
世間から、隔離させちゃダメだ。
眩しいライトを浴びて、堂々とランウェイを歩いて欲しい。
そのために、オレは、
「愛さま……!」
は?
声がした方を見てみると、
肩で息をしながら、流れる汗を気にもしないで、オレの事を真っ直ぐに見つめてる_、
「…一条さん……どう…したの?」
「それは…それは…こっちの…セリフです!」
一条さんは、スーツの袖で顎の汗を拭きながら、テーブルにもたれかかった。
「座って。 お水、貰ってくる?」
「そんな事より、携帯にも、お出にならないし……嫌な予感がして来てみれば…。 こんな所で、何をされてるんですか?」
「まず、落ち着いて。 座って、汗拭こうか?」
一条さんが、さっきまで安堂が座っていたイスに、座ったのを見届けてから、
「とりあえず、これでいい? オレ、口付けて無いから。」
と、オレの目の前に置いてあった、水が入ったグラスを一条さんの前に置こうと持ち上げた瞬間、上手く持ち上がらず、水をテーブルにぶち撒けてしまった。
「ああっ!ごめん!」
一条さんは何も言わず、カウンターまで小走りで、フキンを取りに行った。
オレは、倒れたグラスを起こそうとしたけど、自分の手が小刻みに震えている事に初めて気づいた。
こんなに震えてるんじゃ、倒して当然だよね…
両手の震えを抑えるように、ギュッと握りしめる。
オレ…何やってるの?
俺の事…探しまわってくれた人に、お水もあげられないの?
オレ…ダメダメじゃん…。
人に、迷惑かけてばっかり…
そう思ったら、今まで溜めていたものが、堰をきったように溢れてきた。
その後……涙を止めるのも面倒くさくて、そのままにしてたら、一条さん、慌てちゃって…
テーブルの上を店員さんと片付けてくれた後、『送ります。』て、言ってくれたけど、
オレが、『帰りたくない。』なんて言うもんだから、ますます慌てちゃって…
足腰が重くて、動けなかった。ていうのもあるけど…
藍の事、いろいろ考えてしまいそうで、あの部屋には、帰りたくなかったんだ。
で…結果、こうなった。
「落ち着かれました?」
「……うん。」
ある意味、落ち着かないかも。
オレは、一条さんのマンションで、ホットミルクを飲みながら……
めっちゃ見られてる…。
「牛乳しかなくてすみません。 後は、缶ビール位で…」
一条さんに、缶ビールプシューッ のイメージ無かったな。
どっちかていうと、ワインのグラスを傾けてるイメージ?
「身体が暖まって、ホッとしました。 ありがとうございます。」
「いえ…その…何があったんですか?」
「ん…と…上手く…説明出来ないけど…」
オレは、藍からの電話の事と、安堂との会話の内容を話した。
「そうですか。そんな事が…。よく頑張りましたね。」
と、頭にフワリと手をのせて、撫でてくれた。
何が?と、突っ込みたかったけど、気持ちが良かったので、されるがままにしておいた。
一条さんに頭を撫でられてると、
気持ちいい…というか、懐かしい感じがする。
遠い昔、同じように頭を撫でられていたような……そんな錯覚。
その手が、頭から頬に移って、親指が、目尻から頬、顎へと辿った。
その動きから、涙の跡が残ってた事に気づく。
「あ…さっきは、ごめん…あんな人前で泣いちゃって。その…何で泣いたのか…自分でもよくわからないんだ…」
「そんな…謝らないで下さい。ただ…愛さまがお辛そうな顔をしていらっしゃると、私も辛いので…それだけです。」
「ぁ…あの…一条さん?」
咄嗟に、一条さんの袖口掴んじゃったけど…オレ…
一条さんは、穏やかな表情で、オレの顔を覗いてる。
「な…何でも…無いです。」
何を訊こうとしたんだ?オレ…。
「……お腹空いたでしょ?簡単なものしか作れませんが、直ぐに用意しますね。 その間に、お風呂入ってきて下さい。 泊まっていかれるのでしょ?」
え?
一条さんを見ると、微かに唇が笑ってる。
「ありがとう…。」
廊下を歩いていると、扉が半開きになっている部屋があって、何気に覗いてみると、キラっと光るものが見える。
何かな?位の軽い気持ちで、部屋に入ると、写真立ての硝子が、廊下の照明に反射して光ってた事が分かった。
写真立てなんて…一条さんのイメージ無いな。
缶ビールに続き、発見だな。
ほんの軽い気持ちで、写真立てを手に取ってしまった。
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