別れの準備期間 12



「犯人の第一印象はねぇ、2次元の世界と現実世界の区別がつかない、超オタク気質って感じかな? 今カレ君は、モサ男って呼んでたけど、わかる?」


「モサ男…?!」


「知ってるみたいだね。」



モサ男だったんだ…


そういえば、帰り際、藍の名前を呼んでたような…


そうだよ…!


あの時、変な胸騒ぎがして…ああ!



「んで、2人から手を引く代わりに、条件を提示してきたわけ。」


「は?」


「モサ男君も、凄いでしょ? 素性がバレちゃってんのにね。 まあ…その条件ってのが……、その前に、その、玄関先のやり取り以外の事で、モサ男の事は、覚えてない?」


「…え?…うん。」


「愛にも、かなりエグい事、ヤらせたみたいなんだよね。」



え…?…あれが、初めてじゃなかったんだ。



「…覚えてないなら、無理に思い出さない方がいいよ。」



ぁ……ちょ…ちょっと待って…!



「愛にもって?"も" て何?藍も何かされたの?」


「おっ、鋭いねぇ。」


「いいから、早く教えてよ!」


「んー、ひとつだけじゃないんだよねぇ。」



コイツ、ワザとか?



「まず、背後から抱き締めて、耳許に『お待たせ。』て、囁いてから、正面を向かせてのキス。」


「………。」


「………?」


「オレ、藍が何をされたか訊いたんだけど?」


「オレも、そのつもりだけど?」


「え?……どういう事?」


「だからぁ…モサ男君が、今カレ君に、して欲しい事を言ってきたわけ。 なんか…2次元の世界のキャラクターと、重ねちゃってたみたいだけど?」


安堂は、「わかった?」と、片眉を上げて、コーヒーカップに口をつけた。


……そう…いう…事?


藍が…?……モサ男に……?


想像するだけで、血の気が引いていく…。


ていうか、想像したくない。



「それで…?藍は…どうしたの…?」


「ヤりましたよ。プロ根性感じたね。」



そんな…


オレは、何故かCMの中の藍の笑顔を思い出していた。


藍…そんな事まで…しなくていいのに…。


ていうか……オレが、させた?


オレのために、モサ男を追い返したから、目をつけられちゃたんだよね…きっと…



「でもねぇ、今カレ君。やられっぱなしじゃなかったんだよねぇ。」



ぇ……?



「今カレ君さぁ、モサ男君にキスしながら、背中やら尻を撫で回すフリして、奴のポケットから携帯抜き取って、目の前で、携帯、バキッ!と、ぶっ壊しちゃったわけ。」



大笑いする安堂に、置いてけぼりのオレ。



「ぇ…何で、携帯壊しちゃったの?」


「え?…ああ、そっか。 まあ…携帯の中に、愛に奉仕させてる写真とか、いわゆるハメ撮りとか…いろいろあったわけよ。」



ぇ…



サァーッと、血の気が引いていくのが、わかる。


鼓動も速くなって、変な汗が掌に、滲んでくる。



「……ぁ…あ…お…は?…それ…見たの?」



喉に何かが引っかかって、上手く話せない。



「ああ。見てたよ。『良いでしょ?』て、奴に自慢気に見せられてたから。 見せられた瞬間は、無表情に見えてたんだけど…めっちゃ怒ってたんだな。」



どう思ったろ…藍。


呆れただろうか。


事後の姿は、何度か見られた事は、あったけど…


ハメ撮り…て…


さっきの電話の時は、もう写真見てたわけだよね…


オレなんて…藍が抱いてきた女性に嫉妬して、当たり散らしちゃったのに…


藍…何も言わなかったな…



「でも、キスまでして頑張ったけど、最後に携帯、ぶっ壊しちゃったわけだからねぇ。 このまま、何事も無く過ぎればいいけど。」



あ…そうか…


キスしたのも、携帯を取り上げるためだったんだ_と、モサ男が思ったら?


許せないよね…


報復してくるだろうか…?


世間に、公表するのだろうか?



嫌な思いをしてまで、頑張ったのに…


オレの写真なんかのために…



これからも、この繰り返しなんだろうか。


オレが失敗して…


それを藍がフォローして…


そのために、窮地に陥って…


その連鎖をオレが断たなきゃダメなのかな…



「まあ…何かまた、言いがかりつけてきたら、証言でも何でもしてやるよ。 そん時は、連絡くれ。」



そう言って、連絡先がメモされた紙きれをオレの前に、置いた。



「…ありがとう。」



礼を言って、受け取る。


藍が、そうしたように、オレも、藍を守るためなら、何だってしてやる。


ただ、そう思っての事だったのに、



「……初めて言われた。」



なんて、嬉しそうに微笑まれたので、良心が、少しズキッと傷んだ。


それから、「送って行こうか?」と、言われたけど、

「もう少し、ここに居る」と、告げたので、安堂だけ、カフェを後にした。



安堂が出て行った扉を見つめて、大きく深呼吸した。


今までの、話の内容を振り返ってみる。


結局オレ……藍の足を引っ張ってばかりだ…



はぁ…



席を立とうとした瞬間、足に力が入らない事に気づく。


帰るの……面倒くさい…


このまま、ずっとここにいようかな?


世間から遮断された世界に、行きたい……


オレは、ガラスに写る自分の顔を見ながら、こみ上げてくるものを堪えた。


こんな所で、泣いていたらみっともないぞ。




この時、携帯に着信があったんだけど、オレは、それどころじゃなくて、


結局、気づく事は無かった…。





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