別れの準備期間 10



「久しぶりぃ。ここ入るの? じゃ、一緒に入る?」



振り向きたくない。


このまま無視して、通り過ぎたい。



「あの…こちらの方は?」



キミ…なんで参加する?



「オレ?オレは、コイツの元カレェ。」


「誰が、元カレだ!」



ぁ…しまった…


振り向いて久しぶりに見たその顔は、相変わらず、人を小馬鹿にするように笑っていた。



「よっ!」と口パクで挨拶してきて、

「ひでぇなぁ。」と、わざとらしくしょげてみせた。


オレ達のただならぬ雰囲気を察したのか、大学生風の彼は、「それじゃ…僕は、これで…」と、退散してしまった。


オレも帰りたい。



「相変わらず、隙だらけだな。」


「アンタに言われたくないよ。安堂さん?」


「冷てぇな。それより、ここ入って、暖まっていかね?」


「なんで、アンタと…。」


「積もる話もあるしさ。」


「オレには無い。」


「オレ、さっきまで、今カレ君と一緒だったんだけど?」



…ぇ…?


……何…言って…?



「そんな訳ないじゃん。さっき電話くれたけど…そんな事、一言も…」


「そう?」



…確かに、何か隠してるっぽかったけど…


オレが、さっきまでの電話の内容を思い返している隙に、フッと手首を取られてしまった。



「隙あり。…ま…とりあえず、冷えるから、入ろうぜ。」



「は…話…聞くだけだからね?」


「わかってるよ。」



本当にわかってるのか?と、思うくらいに、楽しそうに笑ってる。



け…決して、食べ物なんかで懐柔されないからな。


目の前には、ラズベリーと生クリームがトッピングされてるパンケーキ…。



「食べて?」



うっ…


た…食べなきゃ…もったいないよね。


パンケーキに、罪は無い。


オレは観念して、ナイフとフォークを取った。

小さく切りわけ、生クリームをたっぷり塗って、ラズベリーをのせて、1口放り込む。



美味しい…!


めっちゃ美味しいじゃん!


イイトコ見つけちゃった!


また来よう♪



ハッ!しまった…!


フォークを口に咥えたまま、向かえに座る男の顔を覗き見た。



はぁ…


案の定、作戦成功とでも言いたげな顔で、こっちを見ていた。



「感情が出るようになったな。」


「へ?」



思っていた事と違う事を口に出され、

変な返事をしてしまった。



「アイツのおかげか?」



オレの反応に少し笑いつつ、話を続けた。



「…変わった…?」


「そうだな…ダッチワイフから人間になった。」





カシャーン



ぁ…フォーク…落としちゃった。



「アイツには抱かれたのか?」



フォーク拾って、新しいの貰ってこよう。


手をのばして拾おうとするけど、上手く拾えない。


手が届かない?



…違う。



手が震えてて、上手く掴めないんだ。


オレは、イスから降りてしゃがんで掴もうとした。



「へぇ。トラウマになってるてぇのも、まんざら嘘じゃねぇんだな。」



上から降ってきたその声、その言葉に、

全身が凍りつく。


現実逃避もさせてくれないらしい。



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