別れの準備期間 7


あれ?…これって、一条さんの作戦なんじゃ…。


藍のイイところ思い出させて、

逢いたくなるように仕向ける…とか?


そもそも、心底別れたいなんて思ってないから、付け入る隙を与えているんじゃ…?



「…でも、頑張って別れないと。」


「恋人と別れるって、頑張るものなんですか?」



呆れ顔の一条さん…。


だって…。



この後、一条さんは、出社するため出て行き、オレは、ひとりになった。



はあ…


ため息が、思った以上に部屋に響いた。


何にもする事が無いから、余計な事を考えるんだ…


オレは、DVDでも見ようと、テレビをつけ、入力切換えのボタンを押そうとした瞬間_、見慣れた、でも見覚えの無い、どこか余所行きの笑顔が映し出された。



ぇ…これって…?



粉雪が舞う、イルミネーションがキラキラ輝く並木道…

恋人同士が、じゃれあいながら瓶コーラを飲んでいる。

男性が、女性を背後から抱きしめて、頬をすり寄せつつ、


とどめに、ロゴマークの隣で作る殺人的笑顔。


さすが…プロだわ。



ここで直ぐに切換えボタンを押さなかった事を酷く後悔した。



『はい!ロングバージョンをご覧頂きました。いかがですか?』


単なるCMだと思っていたが、朝のワイドショーの『話題の検索ランキング』というコーナーだったらしい。



『彼の名前は、紫津木藍さん。

今、女子高生の間で人気No.1のモデルさんで、主にVIOLETというファッション誌で、活躍されています。』



もう…芸能人じゃん…藍。


TVの中の藍…。


止せばいいのに、『紫津木藍』をググってみた。



…………。



ググらなきゃ良かった…。


はあ…何やってんの?オレ…

 

聞いてないよ…

こんなに、有名だったなんて。


オレが、知らなかっただけか…


オレは、知ってしまった事を後悔した…。


その後観たDVDも、全然頭に入ってこなくて…


芸能人と、つきあってる一般人て、どんな気持ちなのかな…

ぁ…でも、知っててつきあってるのか…

オレみたいに、知らないでつきあってて、後から知ったショックって、かなりでかいよね…


…なんて…ぐるぐる考えていた。




その夜…藍から電話があった。



『学校の帰りに、愛のマンション寄らないなんて、変な感じだな。』


「…うん…そうだね。電話で話すのって、なんか新鮮だね…。」


『そうだな。…今日は?何してた?』


「…今日、初めて観た。藍のCM。」


『ああ…親父さんが話してたから、気になった?』


「ううん。たまたまTVつけたら、流れてて。」



耳許に直接響く藍の声は、いつもと変わらなくて…


…安心する声。



別れようとしてるのに、

藍と話す事で満たされていく自分に自嘲した。



『…アレ撮影したのって、夜でもまだ暑い時期だったから、参ったよ。』


「え?…でも、息が白かったよ?」


『ああ…氷、食いまくった。』



笑みを含んだその声に、オレもつられて、笑ってしまう。



『だから…あん時は、愛と、もう出逢ってたんだよ。』


「?…うん。」


『もう、好きになってた頃だ。』



心臓が、トクンと跳ねた。



『…オレは、オレだよ?なんも変わんねぇよ。』


「…藍。」



藍は、その時に一番欲しい言葉をくれる。



『今週中に、絶対ぇ犯人洗い出す! 殴ってやらなきゃ気が済まねぇ。』



えっ?



『そうすれば、また会えるようになるだろ?』



藍…



「…うん。でも…危ない事だけは、絶対にしないでね。」


『わかってる。…サンキュな。』



藍には、これ以上ケガなんてして欲しくない。

そうじゃなきゃ、別れる意味が無い。



『…愛?…日曜日まで、電話しか出来ねぇけど…頑張れそうか?』



ぇ…?



「…うん…」



電話で良かった。

だって絶対今…、色々ヤバい…



「ぁ…あお?」


『ん?』


「昨日、部屋着に借りてたジャージ…

オレが預かってていい?」


『おお。人質な。必ず返してもらいに行くから。それまで、大事に持ってて。』


「うん。わかった。」


て…

うわあぁぁぁぁっ!


何、『わかった。』とか、言っちゃってるの?!


流され過ぎ!


藍の優しい声につい…




こんな感じに、準備期間の火曜日は、過ぎて行き、水曜日、木曜日も、藍からの電話に、ついほだされて、自己嫌悪を繰り返すという毎日を送っていた。



そして、平日最終日、金曜日の早朝…


予期せぬ訪問者が、現れた。



モニターを覗いてみると、

藍と同じ高校の制服を着ている黒髪の男の子で、制服に気を良くしたオレは、インターフォンに出てしまった。



「…どんなご用件ですか?」


『紫津木藍さんから、預かってきました。』



藍から?何だろう?


カチャ と、玄関の扉を開けると、


目の前には、藍と同じ位の背丈の男の子が立っていて…

その漆黒の瞳に、魅入ってしまった。



「ぁ…あの…?」


「ちょっと、中にいいですか? 紫津木から、玄関の中で渡せって言われてて。」



あ…犯人が見てるかもしれないから?



「…どうぞ。」



…でも…中に入れた事を直ぐに後悔した。


後ろ手で扉を閉めた途端、

彼の瞳の奥がキラリと妖しく光った。



「え…と…預かり物…て?」


「オレの身体に決まってんだろ?」



えっ…?



次の瞬間、オレは、彼の腕の中に収まっていた。



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