別れの準備期間 6



*****




藍の代わりを一条さんが務めるという、その申し出は、丁重にお断りした。


オレの事を心配してくれるのは、ありがたいけど、正直、ひとりで考える時間が欲しかった。



「さっきは、ごめんなさい。断ったりして…」


「いえ…私こそ、自分の考えを押し付けてしまって、すみません。」


「どうぞ。」



ローテーブルにコーヒーを2つ置いた。



「ありがとうございます。 愛さまに、淹れていただけるなんて…夢のようです。」


「揶揄わないで下さい。それから…

あの…ジャージ…持って行っていただいて、ありがとうございます。」



一条さんは、部屋に到着すると、オレに見えないように持ちだして、先に車に置いてきてくれた。



「お役に立てて嬉しいです。」


「…話を元に戻すけど、日曜日まで…て事は、一条さんは、藍と別れない方がいいと思ってるの?」


「はい…。アナタは、見ていて危なっかしいところがあります。誰かが、傍についていてあげないと…。」



真っ直ぐにオレの目を見て話す一条さんに、何故か堪えられなくなり、目を逸らしてしまった。



「それが…藍?」


「はい…。彼は、適任でした。 板垣社長の人選に間違いは、ありませんでしたね。」



え…っ?



「愛さまの話し相手兼ボディーガードという条件で、如月社長が依頼しました。」



ぇ…な…に…?



「…どういう事?」



一条さんは、喉を潤すように、コーヒーを一口飲むと、ゆっくりと話し出した。



「昨晩話したように、興信所の調査は、半年に一度のペースで、お願いしていました。」


「…いつから?」


「一人暮らしを始められた頃からです。社長だけではなく、私の事も、遠ざけられるようになっていましたので…」


「それは…」



一条さんの手帳に、母さんの写真が挟んであったからだ…



「…いいから、続けて。」


「いつも変わらない調査内容だったのですが、今年の3月末の報告書は、少し違っていました。 不特定多数の男性が、出入りしている、というものでした。」



…っ!


やっぱり、知ってたんじゃ…?



「大学のサークル仲間かもしれませんし、念の為…という意味合いで、引き続き調査をお願いしました。 特に変化が無いまま、数ヵ月が過ぎましたが…梅雨が開ける頃、報告書に変化が…」



梅雨明け?…何かあったっけ?



「…玄関先で、男性とキスをされていたと…」



……っ!



「他人の恋愛に、口出しするつもりは、こざいませんでしたが、次の報告書には、別の男性に、抱きしめられている写真が、添付されておりました。 それも、明らかに同意の上では、なさそうな…。」



思い出した…


外でそんな事するの嫌だったけど…


力づくでヤられたんだった…


思い出すだけでも、震えが止まらない…



「私達としましては、直ぐにでも愛さまから事情をお訊きしたかったのですが、私共に正直に話して貰えるとは、思えませんでした。」


「それで、藍が…?」


「…はい。同じ位の年代のコが、多数在籍しておりますので、その中から、格闘技に長けていて、愛さまが、心を開いてくれそうな男性モデルを板垣さんに選んで頂きました。」


「…そう…だったんだ。」



藍との出逢いは、父さんに仕組まれた事だったんだ…。



「…藍は…知ってるの?」


「…いえ。」


と、一条さんは、苦笑した。



「私共に、逐一報告して頂く予定だったのですが、手違いがあったようで、この事を紫津木さまにお伝えする前に、愛さまと接触なされてしまいまして…。 でも、それで良かったのかもしれませんね。」


「…?」


「彼の意志で、アナタの心に寄り添い、彼の意志で、アナタを守り続けた。

そんな彼だからこそ、アナタが惹かれたんじゃありませんか?」



そうだよ…


そんな彼の傍に、ずっと居たいと思った


藍…


また逢いたくなっちゃった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る