別れの準備期間 4


その後の、牡蠣鍋パーティーは、微妙な空気だった。

4人それぞれ思うところがあり、とりあえず、一番の元凶であるオレは、取り分け係に徹した。


話題は、当たり障りの無いものだったが、はっきり言って…


疲れた…



オレが、風呂に入ってる間、3人で難しい話をしてたみたいだけど…

オレは、訊かない方がいいんだろうな。




「まだ、起きてたのか?」


「…うん。」



藍が、風呂あがりの上気した顔で、寝室に入ってきた。



「ぁ…この部屋着…藍の?」


と、肩の辺りを摘まんで見せた。



「ああ。来る途中で、オレのアパートに寄ってもらった。 葵さんのは、着せたくねぇし。」



そのちょっとした独占欲が嬉しい。


はあ…



「なあに笑ってんだよ。」


「あ…うん…藍の匂い好き。これも、匂いでわかった。」


「ぇ…オレの匂い…?」


「…うん。」



つい、口許が綻ぶ。



「…ったく!」



一瞬、呆れられたのかな?と思ったら、

藍は、足早にオレの前までくると、オレの後頭部を自分の胸に押しつけるように、抱きしめた。



「あ…藍?」


「可愛い事言いやがって。 どんだけ好きにさせるんだよ。」



藍は、小さなため息を1つ漏らすと、

抱きしめ直すように、後頭部から背中に手を回して、オレの髪に顔を埋めた。



「ドラ○もんの、スモールライトがあればな…いつも一緒に居られるのに。」


と、藍は、独り言のようにオレの耳許で呟いた。


スモールライトで小さくなって、オレの姿が藍にしか見えなければ、誰にも迷惑をかける事無く、ずっと一緒に居られるだろうか…?


大好きな藍の匂いを嗅ぎながら、そんな事を考えていた。




その夜、夢を見た。



うん…夢だって事は、直ぐにわかった。


だって…


左手の薬指に、指輪してたし…

2人で暮らしてるみたいだった。



『いってらっしゃい。』


て、見送って



『いってくる。』


て、髪にキスをくれて…


姿が見えなくなるまで、愛しい背中を見つめて手を振って…


凄い幸せだった。



夢は、必ず覚めるもの。




気づけば、隣に藍の姿は無かった。



先に行っちゃったんだ…


もう、会えないかもしれないのに…


はあ…未練がましいな…



藍が寝ていた辺りのシーツに、触れてみる。


それだけでも、愛しさがこみ上げてきて…


触れるだけじゃ物足りなくて、顔を埋めてみた。


もう、温もりは残ってなかった。


昨晩も、腕枕してくれて…添い寝だけだった…


我慢させてるんだよね…オレ…


オレだって、傍に居れば触れたくなる。


でも…傷つけてしまうかもしれない…


オレが傍に居なければ、こんな事で悩まなくて済むのか…。



物哀しくなってきた気持ちを抑えようと、枕に顔を埋めた時、携帯の着信ランプが点滅している事に気づいた。


藍からのLINEで、『おはよう。学校なので、先に行きます。』


それと、オレの寝顔の写真とともに目がハートマークのキャラクタースタンプ…。



もう…。


口を尖らせてみるけど、頬が緩んでしまう。


藍は、変わらない。


そんな藍に、ホッとしてしまう。



でも…


準備期間であるこの一週間…。


気持ちの整理をつけなければいけないんだ…。



「愛さま?そろそろ起きて頂かないと。」



ノックと共に、一条さんの声がした。



「ん…?…大丈夫。起きてるよ。」


「それでは、洗顔されてからリビングにお越しください。朝食の支度が整っております。」


「わかった…。」




洗顔を終えて、リビングへ行くと

オロオロしている葵さんと目が合った。



「愛ちゃん、おはよう。」



ちょっと困ったような、切なそうな、そんな笑顔だ。



「おはようございます。」



オレが挨拶すると、キッチンから一条さんが、トレーに朝食を載せて現れた。



「愛さま?掛けて下さい。」


「うん…手伝えなくて、ごめんね。」


「オレも…料理、苦手で。」


「いえ、いいんです。好きでしてますので。」



葵さんと、目配せして座ると、既にローテーブルの上には、料理が並んでいて、

THE 日本の朝食 て、感じだ。


焼魚に、冷奴、味噌汁、ご飯だ。



「ある物で作りましたので、大したものでは無いのですが…」


「いえ…十分過ぎる程です。ありがとうございます。」



一条さんが料理…新しい発見だったな。


葵さんが、料理男子じゃないのも、意外だったけど。



「昨日から、余り召し上がって無いでしょ?」


「うん…あまり食欲が無くて…ぁ…、」



こんな事言ったら、葵さん気にしちゃうかな?



「あ…でも、いつもの事だから…食べるのが、面倒くさくて…ヘヘッ…よく藍にも叱られ…」



『今日は、ちゃんと食べたのか?』


『食わねぇから、そんなに細ぇんだよ。 しょうがねぇな。オレが何か作ってやるから、待ってろ。』



藍の声が頭に響いた。


負けんな、オレ。


藍が居ない生活、まだ初日だぞ。




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