別れの準備期間 3


今、一瞬目が合ったし、顔…見られたよね?


オレが俯いたままでいると、

藍の手元から、スーパーの袋がドサッと落ちた。


何も言ってこないので、恐る恐る顔を見上げると、目を見開いたまま固まっている。



オレの顔、そんなに変かな?


藍は、驚いているのか、怒っているのか、呆れてるのか…

なんとも表現し難い、見た事の無い表情をしている。


不安になって、名前を呼ぶと、我に返った様にパチッと、一回瞬きすると、視線をオレから一条さんに移した。


一条さんが、葵さんに視線を向けると、藍も葵さんの方に目をやる。


そして、なんとも苦々しい表情をしながら、

「葵さん、洗面所借ります。」と、告げ

、荒々しくオレの腕を引っ張って、洗面所に向かった。


無言のままの背中を見つめていると、不安になってくる自分の気持ちに嘲笑する。


別れるんでしょ? 嫌われようが関係ないじゃん。



藍は、洗面所?バスルーム?らしい扉を開けて入ると、直ぐに閉めた。


無言のままの藍に焦りを感じ、話しかけてみる。



「こんな顔、藍に見られたくなかったな。ハハッ」


「何で?」


「え?」



何気なく言った言葉に、食いついてくるとは思わなかった。


え…と…

背中を向けていた藍がオレの方に振り返ると、いつものように、愛しそうに見てくれていた……けど、どこか寂しそうで…



「藍…?」



そんな藍に抱きすくめられた。



「逆だろ?」



藍の絞り出すような声が、オレの鼓膜に響く。



「そんな顔、オレ以外の奴に見せんなよ。」


「そんな酷い顔してる?」


「…エロい顔してんだよ。」


「…は?」



藍は、1つ小さいため息をついて



「…ヤッた後みたいな顔してんの。」



え?え?えぇぇぇっっ??



「オレ!オレ!や…ヤッてないよ!」


「そんなの、オレを見た瞬間のお前の顔見れば、わかるよ。」


と、小さく笑った。



「ただ…相手が一条さんだろうが、オレは……、ごめん。ガキっぽい独占欲だ。」



少し身体を離し、オレの手首を擦った。



「…痛くなかったか?」



『本当に別れたら、どうなるのか…』



一条さんの言葉が、頭の中で響いていた。



洗顔し、背後に立っていた藍から、タオルを受け取る。


水分を拭き取り、顔を上げると、藍がスッと手を伸ばし、オレの頬に触れてきた。



「可愛くなった…。」



切なそうなその表情に、心臓を直に掴まれたような、そんな感覚に襲われた。


自分でも分からない焦燥感に襲われたオレは、縋るように藍の袖口を掴んだが、藍は、いつもの表情に戻っていた。



「牡蠣鍋だよ。すげぇだろ?」



少年らしいその笑顔に安心はするものの、どこか不安で…



「…藍?」


「…ん?」



いつもの優しいその笑顔に、色々突っ込む事が躊躇われ、首を横に振ってしまった。


そんなオレに困ったような笑顔を向け、


「行こっか?」


と、半歩前を歩き始めた。


別れようと思っている恋人に、背中を向けられると不安になる。


背中を向けられたぐらいで…


自分でも、馬鹿らしくて可笑しくなる。


こんな調子で、本当に別れられる?


でも、藍のためだ…。



本当に藍のためだけ?


自分のためじゃない?


このまま一緒に居れば、オレの事をお荷物に感じる時が必ずくる。


その時、藍の口から別れの言葉を聞くのは辛い。

藍の意志で、オレに背中を向けた時、オレは耐えられるだろうか…。

それならいっそ、自分から身を引いた方がいい。



「…愛?」


「…ぇ…ぁ…ごめっ…!」



オレは、無意識に藍の背中に縋りついてたみたいで…ホント…救いようがない。


オレが咄嗟に背中から手を離そうとすると、



「離すな。」


「…えっ…?」


「いいから。そのままで聞いて。」


「?…うん…。」


「葵さんに、何を言われたのかは訊かない。

ただ…これだけは、覚えておいて。

オレは、愛を手放すつもりは無いから。」



藍…



「誰にも文句言わせねぇくらいに、強くなってみせるから……。これからも、オレの傍に居て欲しいと思ってる。」



藍…


オレも、ずっと傍に居たい…!

隣で、藍の笑顔を見ていたい。


でも…でも…!



オレは、答える事が出来ず、藍の背中に額を当てながら、涙を堪えた。




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