過去の代償 11



夢を見てるのか…



雲の上でねむってる。


ユラユラ揺れて…ハンモック?



凄く安心して…ドキドキして…


大好きな匂い。



時々してくれる触れるだけのキス…


王子様?



だとしても、目覚めたくない。


こんな幸せ…永遠に続くのは、


夢の中だけだって、知ってるから。




意識がゆっくりと、水面上まで上がってくるのがわかる。


そっと瞼を開いた。


目の前には、知らない天井。


オレは、ベッドに寝ていて、

足下を見ると、藍がベッドの端に突っ伏して眠っている。


ずっとオレに、付き添ってくれてたんだ。



オレは起き上がり、愛しい人の髪を撫でた。


包帯が巻かれた手で、オレの手を握っている。


ごめん…本当にごめんなさい。


こんな痛い思いさせて…


オレのせいだ。



「ん?…あ…い…?起きたのか?」



寝起きの、低くて少し掠れた声。


ホント…ドキドキさせられる。


前髪をかき上げながら、上体を起こして近づいてきた…て、近づき過ぎ…!



「まだ顔色悪いな。」


「なんか…ごめんね。もう大丈夫だから。」


「…大丈夫じゃねぇだろ?」


「…え…っ?」


「なあ…愛?お前さ、」


「愛ちゃん起きたの?」



ぇ…?何で?


扉を開けて立っていたのは…そう。葵さん。



「…ここ、葵さんちだから。」



へ?



「愛の親父さんの提案で、葵さんちで鍋パーティーになった。」



は?



「みんなで鍋つついて、ついでに対策考えてこいってさ。

つーわけで、キッチンには、一条さんも居るよ。」



嘘…


一条さんとキッチン…結びつかない。



部屋が薄暗いという事は、もう夕方なんだ…。



はぁ…



「悪い、紫津木。少し愛ちゃんと2人にしてくれないか?」


「葵さん。愛に変な事吹き込まないで下さいね。」


「…変な事ってなんだよ。」


「愛の純粋な気持ちを利用するなって事ですよ。」



葵さんの表情が変わった。


藍も、目が笑ってないんですけど。



「…ただ、謝りたいだけだよ。」



藍は、小さく息を吐くと、オレの傍まで来て、髪にキスを落とした。



「何かあったら呼べよ。」


「うん。…でも、大丈夫だよ。」


と、笑顔で答えると、藍は一度葵さんの顔を見やってから、部屋を出ていった。



2人きりになった部屋。


あの日以来か…。



「ぁ…なんか、ごめんなさい。ベッドお借りして…。」



オレは、布団から出てベッドの縁に座った。

足には、まだ力が入らないみたいだ。



「いいよ。楽にしててよ。 …今朝は、その…本当にすまなかった。 不用意な発言だった。」


「…本当の事だから。 …葵さんは、当然の事を言っただけです。」


「愛ちゃん…」



そうは言ったものの、葵さんの顔をまともに見れない。



「隣に座ってもいい?」



俯いたまま、コクっと頷いた。


葵さんが近づいてくる気配と、ベッドの沈む感覚。



「愛ちゃんが、こんな状態の時に話す事じゃないのかもしれないし、愛ちゃんにだけ、負担をかける形になった事は、申し訳無いと思ってる。 …愛ちゃんに、頼みがあるんだ。」



葵さんが緊張してる。


その緊張感が、間の空気を介してオレにも伝わってくる。



「その…頼みというのは…」



とても言いづらそうだ。


葵さんの頼み事は、わかってる。

オレの口からの方が、葵さんにとっても良いかもしれない。



「その…」


「『紫津木と別れてくれ』ですよね?」


「…っ!………そう…なんだ。」



視線は感じるけど、相変わらず葵さんの顔は見れないまま。


当たっちゃった…ヘヘッ


『愛ちゃん違うよ。』て…言ってくれるかな?


…なんて…ちょっとだけ…期待してたのに…



「嫌なのは、わかる。納得いかないのも、分かる。 しかも、原因を作ったオレに、どうこう言われたくないと思う。 でも、ごめん…」


「いいですよ。」


「……ぇ…?」


「そんなに言わなくても、大丈夫ですよ。別れます。」



顔は見れないけど、精一杯の笑顔を作った。

大丈夫かな?笑顔になってる?引きつってない?



「オレ…雑誌もテレビもあんま、観たことなくて…藍が、どれだけ凄い人気があるかとか…全然分からなくて…」


「そうだな…愛ちゃん、オレの事も全然知らなかったよね。」


「うん…だから…気づくのが遅くて、ごめんなさい。」


「ん?…何に?」


「オレみたいな人間が、好きになっちゃいけなかったんだ。」



藍に怒られそうなセリフだな…



「葵さんにも、嫌な役回りさせちゃって、ゴメンね…。 もう…大丈夫だから…ひとりにしてもらっていい? これからの事、色々対策練りたいから。」


「…分かった。でも…この事紫津木には、」


「うん…分かってる。言わないよ。」



ベッドがきしんで、葵さんが立ち上がったのが分かった。


そして、扉の閉まる音。




まだだ。



まだ泣くな…!


今泣けば、葵さんに気づかれる。




でも…



でも…もうムリ…



ムリだよ…!




布団を頭から被って、自分の声を殺した。



ついでに、気持ちも殺せればいいのに。






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