過去の代償 10


落ち着かない。この状況…。


3人掛けのソファに、オレを真ん中にして、藍と葵さんと座ってる訳だけど…


向えに座ってる父さんと一条さんに、様子を観察されてるみたいで…


落ち着かない…!


かと言って、藍が真ん中でも、なんか変な感じだし…

葵さんが、真ん中というのも不自然だよね……はぁ…。


こんな、どうでもいいような事を真剣に悩んでいるオレをよそに、他の4人は、大人の話をしている。


藍の話によると、メールしてきた犯人と、藍にカミソリを送りつけてきた犯人は、同一人物で、ここに向かう直前にも、メールが送られてきたそうだ。


その内容は、


2人が別れた証拠に、

今週の日曜日に、バッチを付けて公式HPに、その姿をアップさせるというものだった。


そのバッチなんだけど…


何ですかこれは…


テーブルの上に置かれたそれは、

どう見ても、ひょうたんだよね…?


これが、SF学園もののアイテムですか?

どっかの温泉街のお土産にしか、見えないんですけど。



「こいつの言う事なんて、聞く必要ねぇよ。」


「今は、大事な時期だ。慎重にいきたい。」


「なんで? もし、こいつが公表したとしても、誰も信じねぇよ。」


「そうかもしれない。だが…紫津木のレーベルに傷を付けたくない。」



オレが、小さい事で悩んでいる間に、

バッチを付ける付けないで、揉めてたらしく、


「こんなヤツ付ける方が、傷つくわ!」



うん。ごもっともです。


それまで黙って聞いていた父さんが、口を開いた。



「どうだろう。まだ日曜日までには、時間がある。それまでに、対策を講じる事は出来る。 その変わったバッチを付ける事を決めるのは、それからでも遅くないんじゃないかな?」


「そうですね…」


「それじゃ、今日デートしてもいい?」


「ごめん。愛ちゃん、それはダメだ。

少なくとも、今日から一週間は、紫津木との接触は避けてもらう。」


「ぇ…なんで?」


「犯人が特定出来ていない今、相手の出方も分からない。 あまり気持ちを逆なでるような事は、したくないというのが、正直なところだ。」



葵さんの気持ちも分かる。

でも…一週間も?



「ひゃぁ…っ」



変な声が出てしまい、思わず両手で口を抑えた。

今さらだけど…。

だって、藍がオレの腰を抱き寄せるから。



「そいつの脅しに負けんのかよ。」



当の藍は、しれっとした顔をしている。


まあ…いつもの事だけど…



「そうじゃない。…そうじゃないが、今は、対策を立てる時間が欲しい。」


「葵さんは、慎重過ぎるんだよ。」



オレの頭の上での言い争い。


顔…上げられない…。



「今は、それだけ大事な時期なんだ。」



オレのせいで、2人が揉めてるんだよね…


もし、オレが女の子だったら?

今さらだけど考えてしまう。

こんなに複雑な問題にならなかったはず。


オレが、藍を好きになったために、こんなにも迷惑かけてる…


好きになってはいけない人だったんだ…

ホント…今さらだけど…



視界の端に、痛々しい包帯が映る。     


藍にとって大事な時期。



「分かった…藍とは会わな…、」


「外で会わなければいいんですよね?」



一条さんが、被せ気味に発言してきた。



「例えば、ホテルのスイートルームとか?」



イヤ…それは逆に…厭らしいかも…。



「それはダメです。 そんな事したら、

男娼と高級ホテルで密会と騒がれかねない。」


「葵さん!」



藍が、オレの腰に添えてあった手を離し、

両手で葵さんの襟元を掴んだ。…らしい。


それは後から一条さんに教えてもらった事。

でも、この時のオレは…

葵さんの口から出た『男娼』という言葉の重みに、頭も上げていられず、

自分の膝の上に崩れていた。



「ぁ…すま…っ…オレ…そんなつもりじゃ…」


「っ…たりめぇだ!」



オレは、意識の深いところで、敬語じゃないよ…と、藍に突っ込んでいた。

けど…

胸は、重くて苦しいのに、足下がフワフワしていて、力が入らない。



「愛?…大丈夫か?」



藍が、心配してる。


大丈夫だよ…て、返事しなきゃ…。


でも、深い海の中にいるみたいで、

早く水面に上がりたいのに…

自分の身体じゃないみたいで、この口は動いてくれない。


そんなオレの身体を藍は抱き起こして、自分の厚い胸に預けてくれた。


髪を撫でてくれて、藍の鼓動を聴いているうちに安心してくるのがわかる。


ああ…やっぱり好きだなぁ。藍の匂い。

今日は、ちょっと違う匂いも混じってるけど…。

なんか、それすら愛しい。


馬鹿だな…オレ。

でも…好きになっちゃったから…しょうがないよね。


ごめんね…


好きになって。




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