向川祭 14



オレを見る藍の表情は、全然笑ってなくて…


オレだと判って声をかけた事がわかるそんな顔。



「なんで…判ったの?」


「お前……可愛いオーラ、出まくり。」



そんな馬鹿な事言ってる時も、表情は変わらなくて…



「なんか…怒ってる?」


「怒ってる?……そうだな。…何で先帰ろうとしてんの?」


「えっ…? それは…藍…忙しそうだし…」


「…それだけ?」



オレが頷くと、


「……オレが、抱きしめてやれねぇ時に、んな顔すんなよ。」



え…っ?



「また…ネガティブになってたんだろ?」



うっ…



「…しょうがねぇな。もう少しで帰れるから、待ってろよ。」


「今日は、1人で帰る…。」

 

「ひとりにさせらんねぇ。」


「子供じゃないんだから、1人で帰れる。」


「子供じゃないから危ねぇんだろ?」



ぇ……ぁ……の…?



「今のお前…危なっかしくて、ひとりになんてさせらんねぇ。」



そこで一旦言葉を区切ると、オレの目を見つめたまま、

 


「剣崎!」



後ろで待っていた後輩くんを呼んだ。


  

「それ貸して。」


「ぇ…ぁ…はい!」


 

後輩くんから、彼が持っていたクリップボードを受け取ると、

そこに挟んでいたメモ用紙に、何やら書き始め、格子のわずかな隙間から、それをオレに渡した。

   

 

「そこで待ってて。」



メモ用紙を開くと、カフェの地図が書いてあった。



「『森のお家』?」


「笑っちゃうネーミングだろ? そこ、母と娘の親子でやってて、すげぇ落ち着くから。」



いつもの穏やかな笑顔だ。



「だから…そこで待ってて。」


「……うん。」



ハッ


返事しちゃった。流され過ぎでしょ。



「愛…。」



名前で呼ばれて、心臓がドクンッと跳ねる。


見上げると、両手でフェンスを鷲掴みにした藍が、艶っぽい目でオレを見てた。


その顔反則…。



「充電させて。」

   

「え…っ?ぁ…どうすれば?」



変に緊張してしまうオレ。



「もっと近くに来て。」



おずおずと一歩前へ出ると



「もっと…。」



ぁ…ぇ…それって…



何がしたいのかわかってしまうと、途端に恥ずかしくなってしまうオレ。



「いや……でも…」

 

「……剣崎。」



再び、オレを見たまま後輩くんを呼んだ。



「お前、少し後ろ向いてろ。」



きょとんとした顔をしてたけど、オレの顔をチラッと見るや、



「は…はい!」



勢いよく返事をして、後ろを向いてくれた。


オレ…どんな顔してたんだろ。


 

「ほら……こっちおいで。」



艶っぽい目で見つめられ…

吸い寄せられるように、唇を重ねた…。




*****






はぁ……



ここに来て、何度目かのため息をつく。


オレ、何やってんの?

流され過ぎでしょ。



テーブルに突っ伏して、チラッと窓の外のポプラ並木を見る。


確かにここ、落ち着くわ。


 

コトン



テーブルに何か置かれた音がして、慌てて身体を起こす。



「カフェラテお待たせしました。」


「…ありがとうございます。」



運んできてくれた彼女は、

髪をポニーテールにしてて、肩にかかった毛先は、くるんとカールしてて

メイクは、ナチュラルで清潔感があって…


とにかく、可愛らしい感じの女性だ。


こういう感じのコが、藍の好みなのかもな。



オレなんかの、どこが良かったんだろ。


トラウマ付きの面倒くさいヤツだし…男だし。



もう…藍の辛そうな顔…見たくない。


そのためには、オレがトラウマを克服する事。



でも…正直、今直ぐなんて無理だ。


それに、オレ自身把握していないトラウマがあるかもしれない。



オレ…どうしたらいい?



オレは…離れたくない!


いつか、好きな人に抱かれてみたい…


そう思うのは、オレの我が儘?



はぁ…藍の幸せって、何だろ。


結局、行きつくところは、そこなんだよね。



「ちょっとの時間でも、ネガティブになるんだな。何かあったのか?」



俯いていた顔をあげると、困ったような笑顔を向けてる愛しい人がいた。





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