向川祭 12


「それより、悪ィ。今、北本から連絡きて、用意出来たらしいから、もう行かねぇと…。」



そっか…


オレのために準備してくれたのに

待たせちゃダメだよね。



「だから、ここは、また後で来よ?…な?」



オレにだけ見せる極上の笑顔。


本当…天使みたいだ。



「…いいよ。欲しいの無かったから。それより、待たせちゃ悪いし…行くよ。」



オレも頑張って笑顔を見せた。

クオリティーは、劣るけど…。



「そうか?」



戸惑いの表情を見せていたけど、

何も訊かず、スッと手を繋いできて、

歩き始めた。




写真館の教室に入ると

黒板のふわふわした文字が、飛び込んできた。



『紫津木、愛ちゃんおめでとう!!』



文字の周りは、花や蝶々が描かれていて、端っこには、懐かしい相合い傘もあった。


2人のあったかい気持ちが伝わってくる、ほんわかとした文字。



「こんなんで、ごめんね。 時間があれば、お花を作って黒板に飾りたかったけど…」


と、申し訳なさそうに眉を下げる細井さん。



「で…何がめでたいんだ?」


「何って…紫津木に嫁さんが出来たんだ。めでたいだろ?」



よ、嫁さーん?


藍を見上げると



「…だって。」


と、揶揄うような笑み。



「馬鹿言ってないで、さっさと撮るわよ。この後、まだサプライズあるんだから。」



サプライズって?

オレ…これだけでも、十分嬉しいんだけど。



「ほら早く!2人、前に並んで。」



藍に手を繋がれ、黒板の前に立った。


いざカメラを前にすると、緊張する…。



「如月くん、大丈夫?」


「うん。大丈夫。」



掌から、藍の愛情も伝わってきてるし…平気。



「そう?…じゃ、撮るね。こっち向いて。ハイ!」



カシャッ



「細井!オレの携帯でも撮って。」



携帯…?



一気に体温が下がった気がした。


背中から、冷たい汗が湧いてくる。


変だ…。寒気がするのに、汗が出てくる…



「ああ。待ち受けにするんだ?」


「うっせぇ。いいから早く撮れ。」



オレ、どうなっちゃうの?


怖い……!


無意識に握っている手に力がこもる。


それでも足りなくて、もう片方の手で、藍の袖口を掴んだ。



「愛…?」



オレの異変に気づいたのか、藍が顔を覗き込んできた。



「顔色悪いぞ。休むか?」


「……でも…」



ダメ……気持…ち…わる…

 


立っているのも辛…い



藍にしがみつくようにもたれかかってしまった。



「愛?!」



すぐさまオレを姫抱きすると、

撮影の小道具として置いてあったソファのところまで行って、

そっと寝かせてくれた。


「藍…ごめん…オレ……本当…ごめん…」



オレ…今日、何やってんの?

迷惑かけてばっかじゃん…。



「んな事いいから、少し休め。」



額にかかった髪を梳くように、撫でてくれる藍の手が心地良かった…。


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