向川祭 10



「こっちもいいんじゃね?」

 

「えー?!せっかくだから教会の前で撮ろうよ。」


「何でだよ?」


「つか、北本…。何でおめぇらが決めんだよ。」



写真の背景画をどれにするかで、もめにもめてる2人の背後で、藍が冷たい視線を送っていた。



「うちのクラス、美術部3人もいるから、完成度高いでしょ?」


と、細井さんは、悪びれない笑顔を藍に向けると、

直ぐサンプル帳に視線を戻し、北本君と再びもめだした。

 


「絶対、この教会が可愛くていいって!」


「だから…!」

 

「おい!細井。」



ワントーン低めの声で、2人のやり取りを遮った。


一瞬…時が止まったように2人の動きが固まった。



「客の要望訊かなくていいのかよ。」


「あ…ああ…そ…そうだよね。ごめん、ごめん。」



慌てて、藍の目の前にサンプル帳を広げる細井さん。



「オレじゃなくて、こっち。」 

 

と、藍は親指を立ててオレを指した。



え?……オ…オレ?!

 

細井さんが、パラパラっと捲って見せてくれたサンプル帳には、

細井さんいち押しの教会、砂浜、高原等があった…けど


オレとしては…


ふっと顔を上げると、3人とも穏やかな表情でオレを見守ってくれていた。


なんだか…鼻の奥がつーんとして、視界が少しだけ滲んだ。


そのことを誤魔化したくて、

オレは、極力笑顔で目の前にある物を指差した。



「その前で撮っていい?」



みんな一斉に、オレが指した方向を見る。



「え…黒板?」


「ダメ…かな?」

 

「ううん…ダメじゃない。ダメじゃないけど…こんなんでいいの?」



藍や北本君も理由を知りたいのか、オレをじっと見てる。


いや…見られても、たいした理由じゃないんだけど…



「オレ…高校生らしい事…何もしてこなくて…だから…その…今日は、こんな格好してるけど、凄い嬉しかった。」



ああ…話が纏まらない。


どう伝えれば…



「えーと…だから…」



ぇ?…ぁ……藍…。


そんなオレを見かねてなのか、手をそっと握りしめてくれた。


藍のその体温にホッとする…。



「…友達…と、…黒板の前で、撮ったことなくて…、いつも…そんな様子…見てるだけだったから。…つまり…、」



細井さんと北本君が、戸惑っているのが伝わってくる。


そうだよね。話してる本人ですら、どう説明したらいいのか、わかんないんだから。


藍は…?


そう思ったら、きゅっと握っている手に

力が入ってしまった。



「なあ……黒板の前で撮る時って、どんな時だと思う?」



藍の問いかけに、2人は顔を見合わせた。



「あ…」



北本君は何かがひらめいたようで…



「なあ…お前ら、15分位時間潰してこい。 マキも手伝え。」

 


え…あの…?



「じゃ…そういうことで、後は任せろ。」



オレと藍は、北本君に背中を押されて、教室から出されてしまった。


え…っ?


隣の藍を見上げると、藍も同時にオレを見たようで…


なんだか可笑しくなってしまって、思わず吹き出してしまった。

藍もなのか、同じように笑ってる。



「どうする?」


と、唇にまだ笑みを残しながら訊いてきた。



うん……でも……

 


「アイツらに任しておけばいいよ。」

 

「な?」と、頼りがいのある笑顔。



まあ…いいか。


 

「…そうだな。」



オレは、パンフレットに目を落とした。


15分…。


喫茶店に入れば潰せそうだけど…

それは、勿体ない。


パッと一通り目を通していると、

ある文句が、引っかかった。



『オリジナルアクセサリー作ります!』


お揃い…とか?


いやあ~!!



チラッと藍を見上げる。



「ん?…何か気になる店でもあった?」



でも、アクセサリー付けてるの、あんまり見たことないし…


オレも付けないし…


そう思って改めて藍を見た。


あ……ピアス…。


でも、オレ付けてないし…。


どうしよ…。



「オリジナルアクセサリー?作りたいのか?」



えっ?!



気がついたら、オレが見てるパンフレットを覗き込んでいて…



ち……近い……!



思わずのけぞってしまった。



「顔、あけぇぞ。…いい加減に慣れろよ。」


と、艶っぽい笑顔を向けられた。


その距離を保ったまま、オレの髪へ…



「あ……ウイッグだった。つまんねぇ。」



へ? 


と思ったら、耳の中にヌルッとした感触と共にクチュッという水音が……



「ひゃっ……!な…何したんですか?!」



オレは、今まで感じた事の無い感覚に驚き、両手で耳を塞ぎながら相手を睨み上げた。



「何…て、耳の中舐めた。」



『それが何?』みたいな、ケロッとした態度。



「いやいやいやいや……な…何で?何で舐めるの?」


「舐めたかったから。つかさ、その顔、逆効果なんだけど。」



え…っ?


さらに近づいてくる端正な顔。



「もっといろんなとこ舐めたくなっちゃうだろ? それともなに?誘ってんの?」



えっなになになになに?!

どうした?

どこで何のスイッチ入った?


もうだめ!

それ以上近づかれたら、体温急上昇し過ぎて倒れるから!



「…だから、そんな顔すんなよ…」



そう囁いて、オレの頭を抱え込むように

抱き締めてきた。



うわぁ…



視界を塞がれ、胸板に密着してるし、

藍の匂いが鼻孔を擽って、

もうダメ…酔いそう…



限界…




チッ!



えっ?



大きな舌打ちと共に、藍の力が弱まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る