向川祭 8


あ…、藍!



「…お前の?」


「…なんで、早くその手ぇ離してもらえます?」



そう落ち着いた口調で言うと、

委員長の手首を掴み、上へ持ち上げた。


みるみる表情が歪んでいく。



「わかったから離せ!」



藍が離すと同時に、オレの手首も解放された。


委員長は、真っ赤になった手首をさすっている。



「あ…お…?」



藍は、オレを隠すように前に出て、「まだ何か用ですか?」と言うと、

委員長は、チッと舌打ちをして舞台袖の方にはけていった。



「あお…?」



クルッとオレの方を見て



「大丈夫か?」


と、心配そうに訊いてくれた。



オレがコクっと頷くと、

いつもの笑顔で返してくれた。

けど、直ぐに怒ったような表情になって…



「色々訊きたい事はあるけど、とりあえずは…」



さっき、委員長にやったみたいにオレの腕を持ち上げた。



え…っ?何…?

やっぱり怒ってるの?

勝手に来たこと?それともこんな格好してること? 

オレが頭の中で、ぐるぐるぐるぐるそんな事を考えていたら…、



藍は、オレの目を見ながら、


オレの手首周りをペロッと舐めた…。



……え…っ?



一瞬の出来事だった…。



「消毒した。他は? 消毒して欲しいところある?」


「へ?…いや…無い…。」


「そう?…残念。」


と、意地悪な笑みを浮かべた。


その表情を見て、やっとオレの思考が追いついた。



「なっ…!」



「イヤァー!」 「キャァーッ!」


「その女、なんなの!」 


「オイ!紫津木!いい加減にしろ!」


「やれやれ!」



会場がものすごい事になってるけど、

この中で、藍に一番言ってやりたいのは、このオレだ!


なのに藍は、周りの様子なんて気にならないのか、しれっとした顔でオレに笑いかけてる。


馬鹿……。


そんな顔されたら、オレだって…、

周りのことなんて、どうでも良くなるだろ?



「怒って…ないの?」



何が?みたいな感じに片眉を上げた。



「勝手に来ちゃったから…。」


「怒ってはいねぇけど…イラッとはしてる。」



え…っ?



「みんな、愛を見てる…。」



え?いやいや…

   


「見てるのはオレじゃなくて、あ_、」


「スカート短過ぎ!」



へ?



「他の奴らに見せたくない。オレだけのものなのに…」



そう囁いて、オレの身体をふわっと包み込んだ。


耳をつんざくような悲鳴、罵声、怒号も、どこか別の世界の事のように感じられ…

   

オレも藍の背中に手を回した。

  


「最初、こんな格好を見て、引いたでしょ?」


「まさか。愛だったら、どんな姿でも愛おしいし、ドキドキさせられる…。」



耳元で吐息混じりに囁かれ…

しっかりしていないと、どっか遠くに意識をもっていかれそうだ。 




「あのー、そろそろ進めてもよろしいでしょうか?」


と言う、司会者の声にハッと我に返り、

お花畑で、藍と戯れていた思考を現実に引き戻そうと必死になった。



「藍…」


身体を引き剥がそうとしたけど、離れてくれない。



「賞品を授与したいのですが…」


「藍…?」



オレの襟元に顔をうずめていた藍に、促すように名前を呼んだ。

 

すると、ちょっとだけ顔を浮かし、小さく溜め息をつくと、漸く身体を離して、隣に並んでくれた。


隣の藍を見上げると、視線を感じたのか、チラッと目だけでオレを確認して、それから、そっと指を絡めてきた。



え…っ



もう一度見上げると、心なしか目元が少し赤くなっている。


ていうか…みるみる赤くなった。


どした?


大勢の前で、舐めたり抱きしめたりしても、平気そうな顔してたくせに…



「見惚れちゃう気持ちは、わかりますが、前を向いてて下さいね。如月さん。」


「あ…す…すみません。」



ドッと会場がわいてしまい、前どころか、早く帰りたい!



その後、さっきの委員長が、ばつの悪そうな顔をして、再登壇し、賞品を渡して行った。 


賞品の中身は、全出店で使える無料券で、

ミスター向川とミス向川が、2人で使うのが、慣例らしい。


つまり、デート?


北本君が、オレに向かって、どや顔で親指を立ててる。



そういう事か。



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