向川祭 5



え…っ?



よく知っている声


世界で一番好きな声



「紫津木か…」



うそ…っ


嘘 嘘 うそ…!



本当に藍なんだ…!


オレの背後に立ってるから、顔は見れないけど…


声だけなのに、胸の奥がキュンと痛くなる。


今朝、玄関先まで見送ったクセに…


もうこんなにも焦がれてるなんて…



「何もねぇよ。ただ…この女、」



ああ! でも、ダメダメダメ!


こんな格好見られたくない!


藍にだけは…! 



絶対引かれるし、


それに、黙って来たのバレちゃう!



「オレの彼女が、何か失礼な事したんスか?」




ぇ…?

  


今……なんて?




「チッ……お前の女かよ。」




ぇ…ぇ…?

  


ええっっ!!


 

バレた?! 何で?!


 

リーダー格らしい男が、他の男達を顎で促すと、オレの横を通って、教室を出て行った。


完全に居なくなるまでの間、

怖くて怖くて、自然と拳に力が入ってしまった。



「北本。」


 

来た…!


どうしよう…北本君が叱られる…



「お前の彼女なら、ちゃんと守ってやれ。」



へ?!



「違うのか?」


「え?! いや?!……あ…っそう…そうなんだ。 最近、つきあい始めたばかりで…悪ィな。」


「べつに…‥。これで、貸し借り無しな。」


「んな事言うなよ。みずくせぇな。」


「離れろ。気色悪い。それより…」


「ん?」


「傍にいてやれ。彼女、震えてるぞ。」


「え…っ?」



え…?



自分の掌を見てみる。


じんわりと汗をかいているそれは、自分の意志とは無関係に小刻みに揺れていた。


確かに怖かったけど…


こんなに…?


オレ…ヤバくない?


オレ…



その時、肩に誰かが触れてきて、

反射的にビクッとなるオレ…


と同時に、スパーンと小気味良い音が響いた。



「痛ぇ!何すんだよ。」



真横をそーっと目だけで見ると、

北本君が頭をさすっていた。



「いきなり触ってんじゃねぇよ。怖がってんだろ?了解得てからにしろよ。」


「わーったよ。」



藍…



藍…



振り向きたい…!


けど…



「なんか…オレでごめんね…」



北本君は、オレにだけ聞こえるように、小声で話しながら、そっと、肩に触れて来た。



「紫津木、悪ィ。ちょっと彼女、中庭にでも連れてくわ。」


「おお。いいぜ。ちゃんと優しくフォローしてこいよ。」



北本君は、オレが藍に見られないように、自分の身体に隠しながら教室を出た。



教室を出て、少し離れてから、オレは、北本君に謝罪した。



「ん?何で謝るの? オレのほうが悪いでしょ…?その…‥」


「オレ…いろいろトラウマがあって‥‥」



なんて説明すればいいのか、頭の中で、ごちゃごちゃ考えていると



「そう言えばさ…アイツ…守ってやりたい…て、いつも言ってたんだ。」



え…?



「ちゃんと見てんだな。 オレなんか、愛ちゃん震えてることに気づけなかった。」


「え…でも、オレだって事わかってなかったでしょ?」


と、北本君を見上げると、前を向いていた彼は、なぞなぞの答えを教えるかのような、したり顔の笑顔で、こう答えた。



「常に、愛ちゃんの姿を見守っているから、あんな事態に直ぐ対処出来たんじゃないかな。それに、」


それに?


「『オレの彼女』の顔を見ようともしなかったよね。」



確かに…。



「愛ちゃん以外、興味無い証拠だよ。」



うっ‥…


北本君は、そういう事をさらりと言う。


どんな顔をすればいいか迷ってしまう。



「早く紫津木に会いたいだろうけど、もう少しオレにつきあってね。」

 

「?…はい。」


「これから体育館に行って、出てもらうから。」


「何に?」


「ミス向川コンテストに。」



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