向川祭 2



「あ…ごめんなさい。私、この写真館を運営しているC組の、細井マキです。ヘアメイク担当してまーす。」


「…はじめまして。如月愛です。」


「じゃ、早速時間も無いし、メイク始めるね。」


「え…っ? このままじゃないんですか?」


「うーん。そのままでも十分可愛いんだけど…優勝目指すなら…」


「わあぁぁぁぁぁあっ!! んな事いいから、早く始めろよ。」



え?何?



北本君はオレの背中を押して、机を繋げて作った、メイク台の前に座らせた。



「今から説明するから、愛ちゃんは耳だけ貸してね。」


「?…はい…。」



不安に感じるのは、オレが特別心配症だから_て、訳じゃ無いよね?



「それじゃ如月君、目を瞑っててね。」


「あ…はい。」



そう言うと、彼女はオレの顔に、クリームのようなものを塗り始めた。


いつの間にか、女みたいな呼び方されるのにも、慣れちゃってたけど…


“如月君”なんて…高校以来だ。


なんか新鮮…。



「んじゃ、説明するよ。 さっき話した通り、支度が終わり次第喫茶店のヘルプについて貰います。 1~2時間位かな。その後…、」


「藍は?喫茶店にいるんじゃないの?」



こんな格好で会いたくないし、訊いてみた。



「ああ。今頃、ミスター向川のコンテストに出場してるから、大丈夫!」


「え…っ?」


「まあ…2連覇確実視されてる。」



昨日、藍が話してた“もっと疲れること”て、コンテストの事だったのかな?



「でも凄いね。 如月君、紫津木の事…藍って呼んでるんだ。」


「ええ…まあ。」


「だろ?」


と、何故か得意気な顔の北本君。



「紫津木が、藍って呼んで…て、言ったの?」


「はい…。」



うわあ…ダメだ。 やっぱり、あの時の艶っぽい藍が思い出されて、顔中…いや、身体中が熱くなる。



「如月君?」



閉じていた瞼をゆっくりと開けると



「チークが要らない位、ほっぺた赤くして…紫津木の事…好きなんだね?」



その言葉を聞いて、ますます熱くなった。


 

「え…いや…その…」



オレの目を真っ直ぐに見据えて、ダイレクトに訊かれると、さすがに恥ずかしい。



「如月君て、私らより年上なんでしょ?」


「…3つも上です…。」



年下の言う事に、いちいち反応して…

年上らしくはないよね…。



「如月君て、可愛いんだけど、スッゴい色気があるよね。」


「へ?色気?!」



何…言ってるんだ?

 


「無自覚か…。アイツも苦労するな。」



北本君まで?


ていうか…


「苦労…て?」


「ああ!…そんな顔しないで。 愛ちゃんの恋人なら、当然する苦労だから。」



ますますわからない。


当然する苦労…て、何だろう?



「わからない…て、顔してるね。」


「はあ…。」


「そんな顔見てると、紫津木の気持ちが

少しわかるな。」


「ぇ……?」


「誰の目にも触れないように、囲っておきたくなる。」



うっ……


いちいち夜の匂いをさせる言葉のチョイスは、どうかと思うけど…



「早く見てみたいな。」



突然、ブラシのようなものを持ちながら、細井さんが目をキラキラさせて言った。



「何をだよ。」



半ば呆れたような顔で、北本君が訊くと



「紫津木が、如月君から藍って呼ばれるところ。」


と、ますます目を輝かせた。



「そうだな…オレも見てみたい。 アイツ…どんな顔すんのかな?」


「でしょ?」



そこまで言われると…今さら?て、言われるかもしれないけど、知りたくなってしまった。



「あの…藍は、どうして他の人には、呼ばせないの?」


「あ…それ、私も知りたい。」



北本君は、少し困ったような顔をした。



「知ってるけど、詳しいことは、オレの口からは言えない。 ただ…これだけは言えるけど…嫌ってるんだ。自分の名前。」

 


え…っ?


綺麗な名前なのに…?

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