向川(むかいかわ)高等学校 6



もう、人を好きになることなんて、ありえないと思っていたけど…


こんなにも、愛しい…

  

自分でも、信じられない感情だ。


隣の紫津木を見上げる。

  


ん?


紫津木は、ある一点を見つめていた。


視線の先には…


駐輪場に置いてある紫津木のバイクと、二人の人影…。


彼は、さり気なくオレを背中に隠した。



「あっ紫津木先輩!」



女子2人が手を振っている。


かわいい感じの子だな。



「ここで待ってれば、必ず会えると思って。さっきは、話の途中で、先輩いなくなっちゃったし…。」


「で…なんだっけ?」


「えー?ですから、この子が先輩に話したいことがあるんです! ほら、まゆ。」



隣にいた、いかにもおとなしそうな女の子を前に押し出した。


あっ…もしかして、これって…? 



「紫津木。オレ、校門で待ってるわ。」



ところが紫津木は、オレの手首をつかんで離そうとしない。



「いいから。ここで待ってろ。」



耳元で、囁くように言われた。


!!…バカ…!! こんな状況でよく出来るな…!


ヤバい…顔、赤くなってないかな…?


元気な方の女友達の視線が痛い…そりゃそうだ…。


せめて…と思い、オレは背中を向けた。



「先日は…ありがとう…ございました。」


「ん? オレ、何かしたっけ?」


「あっ…あの…駅前で…からまれてるところを助けていただいて…。」


「ああ、あの時の。」


「はい…!」


「あの時は、道場の帰りで身体暖まってたし…」



空手の…



「凄く怖かったので…本当に助かりました。」


「あの後、ちゃんと家に帰れた?」


「はい!本当にありがとうございました!」


「まゆねぇ、そいつらに先輩の彼女だと思われたみたいだよ。」



えっ?



「涼子!」


「いいじゃん。紫津木の彼女なら早く言え!とか、吐き捨てるように逃げていったらしいじゃん。」


「へぇ…。オレも有名なんだな。」



紫津木は、手首からオレの指に指を絡めてきた。


どういうつもりだよ? 顔が見えないからいいけど、オレすっごく赤くなってると思う…。



「それと…先輩…お礼にというか…お礼になるかどうかわからないんですけど…これ…クッキー焼いてきたので…良かったら食べてください。」



(たぶん…見えないので)可愛らしいラッピングなんだろうな…



「おっ…手作り?すげぇじゃん。サンキュな。後で大事に食べるわ。」



丁寧に受け取って、ブレザーのポケットにしまった。(たぶん…)



「それと先輩、もうひとつお願いがあるんです。ほらっ」



まだこの状況続くの?…辛い…。


(たぶん…)涼子という女子が、まゆという女子をせかしている。



「何?なんでも言って。」


「あの…つきあってください。…なんて、言いません。無理なことは、わかってるので…ただ…私のこと……抱きしめて欲しいんです。 お願いします。記念にしたいんです。」



何の記念だよ?でも…わかるな。



「悪い。それは、出来ない。」


「ぇ…っ?」



えっ?



「今までは、言われるがままにハグでもキスでもセックスでもやったけど…」



ツッコミどころ満載…。



「でも…もうそういうことは止めたんだ。」


「彼女がいるんですか…?」



その質問にオレの鼓動が速くなった。


それに気づいたのか、それともたまたまか、オレの手を今までよりも、強く握りしめてくれた…。



「彼女じゃないけど、大事にしたい人がいるんだ。その人に対して、常に誠実でいたいから。 …ごめんね。」



そう言って(たぶん)、その子の頭をポンポンとした。


それだけでも嬉しそうにして(たぶん)、帰っていった。


大事な人か…。 そうだよね…いないわけないよね…。


どんな人なんだろ…紫津木に、大事な人って言わせる人…。


葵さん…?


どっちにしても


失恋か…。


そんなの最初から解ってたことじゃん。


でも…本人の口から聞くと、衝撃がハンパ無い…。



「悪いな…。つきあわせて。」


「…いいよ。モテる男の断り方…、勉強になったし。」


「からかうなよ…。」


「いろいろやめるって言ってたけど…オレの事抱きしめたり…こうして、手を繋いでるのはいいの?」 



気持ちを誤魔化すため、冗談っぽく訊いてみた。

 

紫津木も、軽く答えてくれると思ったのに、

 

違った…。



「嫌か…?」



真剣に、真っ直ぐ見据えてオレの返事を待ってる。


そんな表情は、想定外だ…。



「な…何言ってるんだよ? そんなこと…大事な人に聞けよ。」



ふざけんな…オレの気持ちを…上げたり下げたり… 



「…そうだな…。」



…なんで? なんで…そんな悲しそうな顔すんだよ。


それじゃまるで…オレが振ったみたいだ… 





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