向川(むかいかわ)高等学校 5



「あの…」



そんな時、背後から声をかけられた。


振り向くと、先程集団の中にいた、ひとりの女子。


紫津木は、無表情で前を向いたまま。


女子は、困ったように次の言葉を探しているようだった。


紫津木…やっぱり彼女達の事、怒ってるのかな。

オレは、握っている方の腕をクイクイッと、引っ張ってみた。


紫津木は、チラッとオレを見ると、髪をかきあげながら、「何?」と、漸く女子に返事をしてくれた。


でも、前を向いたままなのは、変わりなく…

なので…とても話づらそうだった。


 

「あの…さっきは、ごめんなさい。」 



返事無し…。


クイクイッともう一度引っ張ってみると、小さな溜め息が聞こえて…



「お前は、もういいのかよ。」


と、オレを見た。



「オレは、もう…」


と、答えると、再び、溜め息…。



「もういいよ。……次は無ぇからな。」



背中を向けたまま、呟くように言うと、再び歩き始めてしまった。


オレは、女の子が気になって振りかえろうとしたが、

紫津木にクイッと腕を引かれて、阻止されてしまった。


歩きながら紫津木を見上げる。

 

視線を感じたのか、紫津木もオレを見下ろす。



「お前さ…」



紫津木が、口を開いた。



「それ…狙ってんの?」



…?



「…鎖骨と手首。」


「ぇ…さこ…てく…び…て?」


 

オレの反応を見て、小さく溜め息をついた。



「やっぱ、無意識か…。」


「…なに?」

 

「その服着る時は、オレの前だけにしとけ。」

 

「えっ?やっぱ、変だった?」


「違ぇよ。その逆。」


「逆…て?」


「わからねぇならいいよ。」



紫津木は、寂しそうに笑った。


わかってあげたいのに、それを諦めてしまってる紫津木…。ちょっとムカつく。

  


「危なっかしくて…だから…誰にも会わせたくなかったんだ。」



ぇ…?


僅かに感じていた不安が、的中してしまった…。



「やっぱり…会いに来たの…まずかった?」



頑張って笑顔をつくったけど…


無理…


直ぐ崩れてしまった…。



「っ?!」



紫津木は、オレの異変に直ぐに気づいてしまった。   


気づかなくていいのに…。

 

でも、もう誤魔化しようが無くて…



「昨日のお礼を…どうしても…したくて。

嫌なことさせちゃったし…それで…いろいろ考えて…いつも来てもらってるから…たまには、迎えにこようかと…。」



紫津木の反応が怖くて、俯いたまま一気に話した。

 


「でも…でも、ごめんなさい。紫津木の気持ちも考えないで押しかけちゃって…もう…こんな事、しないから…」

 

「ちょっちょっと待て。落ち着け。まず、 変な言い方して悪かった。そういう意味じゃねぇんだ。」 





「その…」



紫津木は、話しづらそうに、オレから視線を逸らした。


何?



「お前…自分のこと…全然わかってねぇから、心配になっただけだ。」


「オレ…のこと?」


「そう。それに、昨日オレがやった事で、嫌なことなんて、1つも無かったぜ。」


「え…っ?でも…」



訊けない…オレの身体…どうやって隅々まで洗ってくれたのかなんて…


訊けるわけないじゃん…!

 


「それに、いつも感じてたけど…お礼とか_て、3つも下のヤローに気を遣いすぎ。」



あ…



「辛い時位、オレをもうちょっと頼れよ。 ガキで頼りねぇかもしれねぇけど、お前一人位平気だからさ。」

 

「…うん…ありがとう…ごめんね。」



そうだ…オレ…


ずっと、男達の機嫌を損ねないように


ずっと…ずっと


気を遣って生きてきてた。


怖くて…怖くて…


顔色をうかがって


何を望んでいるのか


先々までよんで、行動してきた。


オレ…知らず知らずに


紫津木に対しても、同じように接していたんだ。



でもそれは…


怖いからじゃない



嫌われたくないから…


やっと見えた一筋の光を失いたくないから…



もう…

 

安堂の呪縛から逃れたい…

 

そして…何の枷(かせ)も無くなったら…


きちんと、紫津木と向き合えるだろうか…


もし…自分の身体が、汚れていなかったら?



もし…



女だったら…?



素直に、告白出来ていただろうか…。



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