尊敬と嫉妬 2



「なあ…紫津木、」

  

「ご注文は、お決まりですか?」



ミクちゃん、タイミング悪すぎ。



「あ…」



葵さんが、オレの目の前に何も置かれていないのに気づいて、こっちを見たが、オレは、小さく首を横に振った。



「じゃ…カフェラテ2つ。」



は?…つーか、なんでカフェラテ?



「はい。かしこまりました。」



注文を受けても、なかなか帰ろうとしないで、もじもじしてる。


見かねて、葵さんが「ん?」というような顔をした。



「あの……このカフェ、母が経営してるんですけど…サインいただいてよろしいですか?」

 

「オレ…辞めちゃってるから…なんなら、紫津木にさせようか?」 


「いえ…紫津木くんには、前にいただいたので…。」



『へぇ。』ていうような顔して、こっち見んなよ。

 

オレは、ばつが悪くなって視線を外に逸らした。



「その代わり、お願いがあるんだけど」

 


葵さんは、色紙にペンを走らせながら、話を切り出した。



「これから仕事の大事な話をするから、オレらの周りの席に、お客さんを案内しないで欲しいんだ。 それから、気持ちが昂ぶって大きな声を出すかもしれないけど、それは仕事の話だからね。 他のお客さんへのフォローもお願いしたい。」



そう説明して、色紙をミクちゃんに渡した。



「はい!お任せください!」



胸の前に嬉しそうに色紙を抱えて、カウンターの方に去って行った。



「流石っスね。」

 


外の景色に視線を向けたまま話すと、葵さんも、


「紫津木には、負けるよ。いつも来てるの?」


と、返してきた。



「落ち着くからね……ここ。」

 

_て、本当に落ち着いてどうすんだよ!

 


「んな事、どうでもいいだろ。で?どうなの?」


「紫津木は?…その…」


「一年前の事だったら…昨日、如月から聞いた。」


「そっか……オレは、あの日以来会ってない。ていうより、会えなかった。 たぶん、オレの顔を見ると、思い出したくないことまで思い出してしまうのが、嫌だったんだろうな……だから、愛ちゃんから手を引いた。」 

 

「じゃ、なんで今になって、社長はオレを如月に? なんか聞いてる?」


「マサキ_安堂マサキが、愛ちゃんにストーカー行為を働いてるという情報が入ってきた。だから_、」


「ストーカーどころじゃねぇよ。」



我慢出来ずに、葵さんの話を遮った。



「どういう事だ?」



オレは、苛立つ気持ちを抑え、如月が耐えてきた行為、その理由を葵さんに伝えた。

 


「酷いな…。」



ただ一言そう呟くと、

両肘をテーブルについて、両手で顔を覆ってしまった。


何度も溜め息をついている。


ん?


溜め息…つーより…



「ごめん……オレのせいだな。」



顔を上げた葵さんの瞳は、潤んでいて、鼻も赤くなっていた。



「オレの詰めの甘さだ……一年前もそれが原因だったのに…」

 

「葵さんは、優しすぎ_つーか、誰にでもいい顔するからね。」


「……?!」



トゲのある言い方に気づいたのか、伏し目がちだった葵さんが、顔を上げた。



「サービス精神が、あり過ぎなんですよ。」

 

「何の事だ?」 


「じゃ何で、如月の頬にキスしたんだよ!」




 

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