あの日 16



「…スッキリした?」



涙が落ち着いてきた頃、声をかけてくれた。



「うん…ありがとう…ヘヘッ。」



照れくさくて、思わず笑ってしまう。


紫津木は、ポンポンと背中を叩いて、


「顔見せて。」


と、言ってきた。

 


無理無理無理無理!


こんな顔ダメでしょ。


オレは、紫津木の肩に顔を埋めたまま、首を横に振った。


 

「今度は、如月が見せられねぇのかよ。」

 

と、紫津木は小さく笑った。



「まぁいいや。そのままで聞いて。 …これからは、我慢しなくていいから。」


「ぇ……?」


「オレは、まだ高校生だし、ずっと一緒にいられるわけじゃねぇけど、オレが傍にいるときは、涙…我慢しなくていいから。 全部、受け止めてやるから。 弱音でも愚痴でも何でも言えよ。」


「うん…。」


「それから…、オレ、葵さんと違って優しくねぇから。」

 


それまでの紫津木のトーンと違って、冷たく、突き放したような話し方に変わった。


それだけで不安になるオレ…。   



「安堂とかいう奴。ぜってぇ許せねぇ。 二度と如月の前に現れねぇように、ボコッてやる。」


「紫津木…?」



身体を起こして、紫津木の顔を見た。



「おっ……やっと見せてくれたな。」



涙や汗で額や頬に張り付いた髪を1本1本梳くように、整えてくれた。


労るように優しく見つめてくれる紫津木が、ケンカだなんて想像つかない。



「ケンカ…するの?」


「ケンカじゃねぇよ。 反撃出来ないくらいに瞬殺してやる。」



紫津木は自分の胸の前で、左の手の平に右手の拳をぶつけた。



「…と、その前に。如月に確認したいことがある。 あの日の事……今でも、はっきり憶えてる。」

 

「……?」


「いつも冷静な葵さんが、すっげぇ慌てた様子で電話をかけてきたんだ。 『紫津木?! 今どこにいる?』てな…。」



?!



「オレが、『学校だけど?』て応えると、『無事なんだな?良かった。お前じゃなかったんだ。今日は、どこにも寄らず真っ直ぐ帰れ。』て。」



ぇ……



「紫津…木?」


「『どういう事だ。何かあったのか?』て訊いたら、一方的に切られた。 直ぐに折り返したけど、応答は無かった。」



ぇ……そんな……



「しっ……て…た…の?」



オレの問いかけに、少し目を細めて、話を続けた。

オレの事を真っ直ぐ見据えて…。



「次に連絡取れた時は、『終わったから。』て…『どれだけ心配したと思ってんだ。』て、オレが言っても『ごめん。』だけだったな。 気ぃ遣ってる話し方だったから、誰かが近くにいるとは思ってたけど……如月だったんだな。」



知ってたんだ…。


でも…



「何で…? 葵さ…ん…告白しないって…。」


「ああ……如月と初めて会ったあの日に、告白されたんだ。何でかは、知らねぇけど。」



そっか……


そっか、そっか…。 告白されたんだ…。


オレは、思わず距離をとろうとする…けど、紫津木に手首を取られ、再び引き寄せられた。


 

「オレの知らないところで、オレも一枚噛んでいたんだな。」



ぁ…



さっきの…泣いてた時と同じ……顔。


 

「如月…?」 


「はい…。」


「オレの事…恨んでるか?」

 


一番聞きたく無かった言葉だ…。

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