あの日 13


車中では、道案内する以外、話をする事は無かった。

  

そして車は、マンションの地下駐車場に到着した。



「ありがとうございました……それじゃ。」



オレが助手席から降りようとした瞬間、葵さんに腕をつかまれた。



「部屋まで、送らせて。」


「ぇ…」


「心配だから。」


「うん……。」



部屋まで行く間、葵さんは、オレの手首のケガの心配をしてくれた。

 


「こんなの大丈夫だよ。」


て、言うと、

 


「ちゃんと消毒しとけよ。」


とか…

 


「救急箱持ってんのか?」


とか…。



でも…実際、部屋の前に着いて、オレが


「お茶でも飲んでく?」

  

と誘っても、

  


「イヤ…帰るよ。愛ちゃんも、今日は疲れただろ?」


て、断られた。

  


そりゃそうか……。


だから…つい…言わなくてもいいことを言ってしまった。



「男前の彼と、お幸せに。」 



お幸せに……て、何だよ。


披露宴での友人のスピーチかよ。


馬鹿か…。



「それじゃ…。」



オレは、葵さんの顔を見ることが出来ず、俯いたまま別れを告げた。



「片想いなんだ…オレの…。」


「ぇ……?」



思わず顔を上げると、葵さんが、苦笑いを浮かべていた。



「一方的な片想い。 あいつ…ノーマルだから…。」


「告白、しないんですか?」


「……この想いは、一生抱えてく。 告白した事で、あいつに気を遣わせたく無いし、その後も、普通に接してくれるだろうから……尚更な。」



そっか……


ホント…馬鹿な事訊いたな。



「すみません…。」


「?……それより、ちゃんと大学出てこいよ。 貸したジャージは、大学で返してもらうから。」

 

「はい……あの……葵さん?」


「ん?」


「今日1日…いろいろと、ありがとうございました。」



いろんな気持ち…経験できました。



「おう…じゃ。」


「それじゃ。」



この日以来、葵さんとは会っていない。


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