あの日 9



机の下にいるオレからは、全く葵さんの表情はわからない。



「愛ちゃん?大丈夫か?」



葵さんもたぶん、同じように思っている。



最初の大きな音で、安堂は、反射的にオレの身体から引き抜いていた。



「感じ過ぎちゃって、声も出ないってよ。」



安堂は、ジーンズを上げ、外していたベルトを締め直しながら、階段下の葵さんの所まで降りて行った。


正確には、降りかけたのか? 


階段を降りる途中で、鈍い音がしたかと思うと机?に何かが当たった音_。



「ってぇな。」



安堂が、葵さんに殴られたんだ。



「モデルの顔殴るなんて、酷くね?」


「お前は、クビだ。 親父の力を使うのは、好きじゃないが、こんな事をしたんだから、当然だよな。」


「葵も、モデル辞めんだろ?」


「……」


「そいつのせいか?」 


「その人は、関係ない。」


「好きな奴のために辞めんだろ?」

 

「……」

 

「そいつじゃないんだったら、誰なんだよ。」


「お前に言う義理は無い。」 

  

「誰のために辞めんだよ!」


「……わけないだろ。」


「は?」



「こんな事されるとわかってて、教える訳ねぇだろ!」




チクッとした。


 

さっきから、自分でも説明つかない涙が、ぽろぽろ流れてる……


…止められない。


オレの頭の中で、葵さんの言葉が繰り返される。



『こんな事されるとわかってて、教える訳ねぇだろ!』



それは……


葵さんが、その人を守るために発した言葉。



オレのために、そんな事言ってくれる人が、どこかにいるのだろうか。


その人が、羨ましいと思った。


葵さんが好きとか…そんなんじゃない。


葵さんも、安堂も、オレを見てない。


見てる訳じゃないのに…


オレだけ、こんな状況になってて



なんか……惨めじゃん。




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