あの日 5



「もしかしたら、4年の板垣葵さんですか?」



2人連れの女の子が、そいつに話しかけてきた。



「そうだけど…」


と、そいつが返事した途端……



「「「「キャァーーーー!!!!」」」」



体育館内にいた殆どの女子が、そいつの周りに駆け寄ってきた。


オレは、慌てて輪の外に逃げた。



何事?……ていうか、こいつ誰?



「どうして体育に?」



アイドルに話しかけるような感じで、女子は満面の笑顔だ。

 


「気分転換…的な…?」


「本当にモデル辞めちゃうんですか?」


「ああ……そうだよ。」


「もったいないです!辞めないで下さい!」



そいつは、困ったような苦笑いを浮かべて、うなじの辺りをポリポリと掻いている。



「おーい!その位にしとけ!」



体育の講師が、手をパンパンと叩きながら入ってきた。



「板垣、またお前か。」


「すんません。先生。」


と、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

 


「準備体操始めるから、散らばれ!」



準備体操が終わると、講師が「集合!」と片手を上げて、号令をかけた。



「これから、2人ペアになってもらって、こいつでキャッチボールをしてもらいます。」

 


右手の人差し指の上で、クルクルと器用にバレーボールを回していた。



「まずは、普通にキャッチボール、次に体育座りで、そして、寝そべって、最後に背中合わせに立ってのキャッチボール。 それぞれ50回ずつな。 それじゃ、ペアになって!」


「板垣さん、私とペアになって下さい!」


「次、私と!」


「身長差考えてペアを組め! 板垣、またオレと組むか?」


「いえ……今日は彼と組みます。」


と、板垣さん…?は、オレを指差した。



え?……何でオレ……?


ていうか、今、身長差考えてペアを組めって、言われたばっかりでしょ?



「先生!オレ、先生と組みます。」





********




「……会って直ぐ、葵さんに、気に入られたんだな…。」



穏やかな表情でオレを見つめてる。



「そうだった…の…?」



実際オレの事、どう思ってくれてたのかな…。

  

あれ以来、会ってないけど……上手く話せないまま今日まできちゃったな。



「葵さんとも何かあったのか?」



オレの様子を見ていた紫津木が、顔を覗き込んできた。



「うん……。」






********



体育が終わって、オレはある事実を突きつけられた……。



着替えの服を忘れた!


 

朝は、間に合わせることしか考えてなかったから、ジャージで来ちゃったけど……。


どうしよう。まだ受けなきゃいけない講義があるから、帰る訳にはいかないし、汗臭いジャージのままでいるのは、耐えられない。


何やってるんだ……オレ。



「どうした?」


 

更衣室に居るのに、なかなか着替えようとしないオレに、板垣さんが声をかけてきた。



「着替え…忘れた。」



と、正直に答えた。



「え?マジで?何、ジャージで来たの?」



力無く、頷くオレ。



「ジャージで良ければ、オレの貸すよ。 予備で一着持ってきてるから。」



背に腹は代えられない。



「ありがとうございます。お借りします。 えーと、板…垣さん。」


「葵でいいよ。 その代わり、お願いがあるんだけど。 このあと図書室つきあって欲しいんだよね。」 

  

「それはいいですけど…。」


「助かるよ。」と、ジャージを一組渡してくれた。



ぅ……デカい……。

 


Tシャツは、ダボダボだし、ジャージは長いので、膝が見える位までまくった。


葵さんは、こんなオレの格好を上から下まで、舐めるように見ると、一言。



「彼シャツ? 萌える。」



え?聞き間違い?



「オレ、男だけど?」


「わかってるよ。お前のほうがわかってないんじゃない?」


「お前じゃない。如月愛っていう名前があるんだ。」


「愛ちゃんか。」

 

「女みたいに呼ぶな。」


「じゃ、出るよ。」



オレの言葉を軽く無視して、更衣室の外に出ると、出待ちの女の子達が沢山いた。



こういう事か。



「板垣さん、この後の予定は?もし良かったら……、」


「ごめんね。彼と図書室行く予定だから。」



何か言いたそうな彼女達を無視して、足早に体育館を去った。


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