エピソード3 黒縁メガネとサンタの物語
「 サンタさーん」
クリスマスイブの病院の待合室で、受付の女性の声に待合室にいる大勢が少しざわついた。どんな人が来ているのか興味津々らしい。子供たちがキョロキョロと見回している。
だけど、誰も返事をしないらしく、もう一度受付の女性が大きな声で名前を呼んだ。
「サンタさーん、サンタクロースさーん」
今度は待合室に笑いが静かにこだました。
そして、僕が呼ばれていたことにやっと気がついた。
その名前で呼ばれたのは高校3年の二学期の終業日のクリスマスイブ以来だ。
隣の席の学級委員をしていた黒縁メガネ女子から、
「あなたの名前、三田交(みたまじる)って、サンタクロスって読めるね」
と突然話しかけられた。
彼女とは入学からずっと同じクラスだったが親しかったわけではなく、ほとんど話をしたことがなかった。その彼女が、何を思ったのかその日突然話しかけてきたのだ。
彼女が何を言いたかったのかわからなかった僕は、皮肉を言われたような気がして黒縁メガネをにらみつけて口喧嘩になり、その子とは結局それ以来卒業まで一言も話さなかった。
大学を卒業し、就職して初めての冬で風邪を引いたらしく、まだ独身の僕はクリスマスイブに一人で病院に来ることになってしまった。その病院で、久しぶりにその名前で呼ばれて、高校生の頃のそんな事を思い出した。
考えてみればそれほど怒ることもなかったのに、悪いことしたなと思いながら呼ばれた受付に行く。
僕をサンタと呼んだ受付の可愛い女性は、その綺麗な瞳でジッと僕を見ていた。待合室の子供たちもサンタの正体を見届けているようだった。
「ミタですが」
僕がそういうと、
「悪気があったわけじゃなかったんだけど、でもあのときすぐに謝れなくてごめんね」
と彼女が言ってきた。
「えっ?」
知らない女性からいきなり謝られて戸惑う僕に、彼女は机の引き出しから眼鏡を取り出してかけた。しかも、黒縁の。
「あのとき、ずっと話せなかったあなたと話したかったんだ。高校生活の最後のクリスマスイブだったから。あなたが怒りだすなんて思ってなくて」
彼女はそう言うと、領収書と一緒に少しためらいながらSNSのIDが書かれたメモをカウンターに置いた。その右手が微かに震えている。
「もう一度、話したいって言ったらダメかなあ」
僕が黙ってうなずきながらそのメモを受け取ると、彼女の隣の席にいた年配の女性がそっと指先で音を立てないように、静かに拍手をした。
今年の冬は少し暖かい冬になりそうな予感がした。
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