エピソード2 とうかのゆかた

 六月の初めにね、「とうかさん」言う大きなお祭りが広島にはあるんよ。もちろん広島では有名よね。これがないと広島には夏も来んのんよ。

 広島のメイン通り、平和大通りの脇に、圓龍寺ゆうお寺さんがあってね、そこが「とうかさん」って言われよる。じゃけえ、そこを中心としたお祭りも、とうかさん言うんよ。

 とうかさんはね、昔から「浴衣祭り」って呼ばれとったけど、この頃は「浴衣できん祭(ゆかたできんさい)」って名前になってねえ。

「きんさい」は、広島弁で「来なさい」いう意味なんじゃけど、それに引っ掛けて、「きん祭」言うんじゃろうね。

 とうかさんのある3日間はね、こまい子から大人まで、広島の街が浴衣女子で溢れかえるんよ。なかなかええお祭りじゃろ?


 うちも小まい頃から、毎年とうかさんには必ず浴衣を着て行きよったよ。子供ん頃は、とうかさんの境内で、いつも男の子と遊びよったんじゃけど、あれは誰やったんかいね。小まい頃のことじゃけ、よう覚えとらんけどね。


 地元の子は大きゅうなったら、かっこいい彼氏を連れてとうかさんでお祭りデートするんじゃけど、なんでかねえ、うちはとうかさんに一緒に行った彼氏とは、絶対別れるんよね。


 今年もね、新しい彼氏と新しい浴衣着てとうかさんに来たとたん、なんがきっかけじゃったか、喧嘩してしもうて。

 もう知らん!ってひとりで境内を歩いてたら、いつのまにか、うちの左手を男の子が握っとる。

 どこの子かいねって顔を見たら、ああ、昔ここで一緒に遊んだ子じゃあ。しかも、大きな尻尾がついとるよ。あんた、狐じゃったんね。


 そう言えば、この圓龍寺のご本尊は稲荷大明神じゃったねえ。稲荷を「いなり」って読まんで、「とうか」って読むけえ、ここはとうかさん、言うんじゃったね。


 そっか。うちがここに来たら彼氏と別れるんは、狐の子のあんたがやきもちを焼きよるん?やっとわかったわ。

 じゃあ、今年はもうちょっと手でも繋いどってあげるけ、来年からは彼氏と歩いても焼かんようにしてくれんね。うちも毎年楽しみしよる、せっかくの浴衣の夜じゃけえね。

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