チョコレートの後に
「ハッピーバレンタイン!」
「はっぴー、ばれんたいーん」
「なんだぁ、テンション微妙だなぁ」
起源はローマ帝国の時代にまで遡るとされるバレンタインデーその日。とある学生アパートの一室で女性大生の
二人が落ち着く炬燵の上はすっかり片付けられており、物の一つもそこには乗っていない。
「はい、チョコレート」と、栗菜が満面の笑みでそれを差し出した。それを合図に香菜も用意していた箱を差し出す。
「はい、ありがとう。 これ、チョコレート」
「わーい!」
二人はそれぞれ、手元にあったチョコレートを渡し合う。プレゼントのために施された可愛らしい包装のリボンが揺れる。
といっても、中身は既にお互いの知る所であった。同じデパートでお互いのチョコレートを選び、購入した物である。それでも、栗菜はまるでそれが初めて見る物であるかのように新鮮に喜んだ。
「知ってるのによくそこまで喜べるね」
「だって、香菜から貰ったのには変わらないじゃん?」
「……そうだけど」
「あ、照れてるぅ」
「照れてないっ!」
顔を真っ赤にして「照れてないっ」とは最早「照れている」と自白しているような物であったが、栗菜はそれ以上を追求せずにチョコレートの包装を解き始めた。
一方の香菜は、包装は解かずにアルミ缶のプルタブを景気よく音を立てて起こした。
「えー、チョコにチューハイ合わなくない?」
「今、チョコは食べたい気分じゃないんだ」
そう言って、香菜はゴクッとレモンチューハイを呷った。アルコールを含んだレモン風味の炭酸水が、勢いよく香菜の喉を通り抜けていく。
「そんな事言って、本当は今食べるのが勿体なかったり?」
小窓から覗き込むように、栗菜はニヤニヤとした表情で香菜の顔を伺った。沈黙。
香菜は一呼吸置くと、再びレモンチューハイを大きく呷った。一息で缶の底まで空にする。
「図星ー! 香菜かわいいっ」
「うるせー! はずかしーんだよっ」
まだ酔いが回るにはあまりにも早すぎるが、それでも真っ赤な顔をした香菜は、腰に抱き着いてくる栗菜の頭を抑え込んだ。
ふわふわの栗色の繊維が、柔らかに香菜の手の指に触れて包み込んだ。香菜はその感触にまた少し頬を染めた。
「うへへ、私、本命のチョコレート渡せたの初めて」
「そりゃどうも」
「香菜は?」
「……初めてだよ」
「うへへへへへ」
「その気持ち悪い笑い方をやめろっ」
先ほどよりも強く、栗菜が香菜を抱きしめる。香菜はそれから逃れようと藻掻くも、コタツに足を取られている事もあって上手く動くことができない。
案の定、香菜は半ば押し倒されるような形で後ろに倒れこむ。
「うへへ、香菜ぁ。 夜は長いよぉ」
そして栗菜は香菜の唇に顔を近づけた。
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