そうだ京都に行こう

「そうだ、京都に行こう!」

「なんや、いきなり」



 逢坂沙知おおさかさちおもむろに立ち上がって大見得を切った。

休日のファストフード店で、突如として大声を上げてどこぞの旅客鉄道会社のキャンペーンのような台詞を放った沙知に、神戸実桜かんべみおは至極面倒くさそうに相槌を打った。

 二人が座るカウンター席の上には、折りたたまれたハンバーガーの包装紙、氷の溶けた水すらなくなった容器が乗っている。

 

 

「いやー、折角やから高校の間に旅行とかしたいと思わん?」

「まだ高校二年生、始まったばっかやで」

「そういうことちゃうやん!」

「いや、あんたの言い方ならそうやろ」



 冷めた態度を取る実桜に、沙知は抗議をするように肩を掴んで揺すった。

左右にガクガクと振られる上半身に合わせて、実桜のセミロングの髪の毛が無造作に揺れる。



「お? 実桜シャンプー変えた?」

「なんで知っとんねん」

「だって、いつも嗅いどる香りと違うから」

「いつも嗅ぐなや!」



 沙知は大仰に鼻をひくつかせる動作を取ったあと、ケラケラと笑った。

流石に声を荒げた実桜は、顔を羞恥で真っ赤にしている。



「で、いきなりどないしたん」

「せやから、京都行こって」

「理由」

「えー、行きたいから」

「あんたなぁ……」



 あっけらかんとして答える沙知に、実桜は大きく項垂れた。

その様子を見ととっても沙知は全く悪びれる事なく続ける。



「ええやん。 実桜と色んな所いってみたいねんて」

「まー、確かに。 改めて考えてみると近すぎて行ったことあらへんな」

「そやろ。 けってーい。 来週末な!」

「はいはい」



 結局、押されるがままに実桜は沙知の提案を了承。女子高生二名のプチ旅行計画は人知れず始動する。





***





「おっはー、実桜」

「おはよう、沙知。 それふるない?」

「え、そう?」



 計画始動の翌週末。晴れてその計画は遂行され、二人は駅で落ち合った。

雑踏の中、二人で決めたいつもの待ち合わせ場所で合流をする。それは、二人にとっては中学生の頃からの決め事だった。



「なんでここが待ち合わせ場所なったか覚えとる?」



 不意に沙知が話を振った。

 

 

「あんたが中一の時、初めて一緒に遠出する時に迷子なって泣いとったのがここやから」

「よ、よー覚えとるやん……」



 にべもなく言い放つ実桜に、沙知は若干の引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

「忘れへんわ」



 実桜はクールに笑うと歩き出した。慌ててその後を沙知が追う。

改札を超えて、駅のホーム内へ。多数の路線。彼女らがそれらを見分けられなかった頃はもう遠い。

 沙知が実桜の隣に追いつき、二人で並んで歩く。周りの人にぶつからないように、身を寄せ合いながら、お互いの肩は触れ合うほどの距離で。二人で並んで電車を待ち、一つ電車を見送って次の電車に乗り込んだ。



「言うても、暑いな……」

「五月なんて毎年こんなもんやろ」



 電車を降りるなり開口一番、沙知は空を見上げて文句を垂れた。その横で実桜は麦わら帽子を被って涼し気に答える。



「ま、ええわ。 気にしとってもしゃあないし」

「そらそうや。 それよりどこ行くん?」

「まぁまずは伏見稲荷やろ、それから清水寺やろ、平安神宮、平等院、金閣寺、あえての京都水族館……」

「あほ。 そんな行けるわけないやろ」

「うぇー」



 目を輝かせて指折り答える沙知に、実桜はぴしゃりと言い放った。

もっとも、実桜も承知の上の冗談だったようで、ケラケラと笑った後再び旅行のプランを口にした。



「まー、それが妥当やろね」

「うん、じゃあ早速すすもー!」



 気を取り直して二人並んで歩き始める。電車の停車から幾分か時間が過ぎたおかげで、駅の周りは人が少ない。

五月の陽気の下、時折水分を取りながら二人は歩く。幾つにも立ち並ぶ赤い鳥居を前に二人で写真を撮り、途中まで山を登って疲労にギブアップ。昼食を無視して、季節には少し早いかき氷に舌鼓を打つ。

 味の違う二つのかき氷を並べて写真を撮り、お互いの味を交換しながら食べ合った。

 氷菓を食べ終えると急かされたわけでもないのに、二人は急いで店を出る。次なる目的地へ向かう為である。

電車を使い、目的地までの参道を各種の店に目移りしながら登る。途中団子屋で小休止を挟んだりしながらだらだらと歩く。



「お、実桜。 おんなじ女子高生の集団がおるで」

「制服やな。 修学旅行とかちゃうんか」

「そうかもしれへんなー」



 参道を登った先の大きな広場では、あちらこちらで旅客が写真を撮っていた。制服姿の男女、異国の風貌の一向、老若男女のツアー客。

その中に混じって沙知と実桜もまた写真を撮った。頬が引っ付くほど顔を寄せ、背景に青空と寺を映してのピースサイン。



「んじゃ、どんどんいこー」

「あーい」




***




「もう、歩けへんわ……」

「はしゃぎすぎや」



 日が傾き、空が赤みを帯びてきた頃。沙知は棒になりかけた足に鞭を打ってなんとか実桜の隣を歩いていた。

ゆっくりと歩く二人の横を沢山の人が追い抜いていく。



「あかん、座ろ……」

「ベンチなんか見当たらへんで」

「いや、なんかそこ皆座っとるから……」



 言って、沙知は三条大橋の上から川縁を指さした。斜陽が川面に煌めいて、柔らかな光が乱反射している。

川辺に等間隔に座り込む人たちをしり目に、沙知と実桜は並んで腰を下ろした。川を下ってくる風が、歩いて火照った二人の身体を冷やす。



「うはぁ……疲れたぁ」

「と、言いながら沙知は後ろに倒れて寝始める」

「いやいや、せーへん。 砂まみれなるわ」

「芝生やったら、やったやろ」

「せやな」



 二人並んで三角座りをして、くすりと実桜が笑う。

 会話が止んで、呆然と二人で川面を眺める。アオサギが飛んできて、無意識に二人はその後を目で追った。暫く経って、そのアオサギは飛んでいく。

 

 

「うちなぁ」



 沙知がぼそっと呟いた。

 

 

「来月、引っ越すわ」

「は?」

「父さんの会社の都合でな。 東京、引っ越すわ」



 二度目の言葉を、沙知は大きな声で言った。それは明るい声色に聞こえて、声の震えを隠しきれていなかった。

 


「聞いてへん」

「言ってへんもん」

「……こっちには戻ってくるん?」

「わからへん。 でも大学は向こうなるんちゃうかな。 うち、仕送り貰えるほど裕福ちゃうし……」



 沙知の言葉に、実桜は顔を伏せた。

その様子を見て、沙知もまた顔を伏せた。川の流れる音だけが聞こえる。雑踏も、交通の音も遠い。



「……行くわ」



 絞り出すように実桜が言葉を発した。沙知がゆっくりと顔を上げて、実桜の方を見る。

実桜も、沙知を見る。自然と向かい合う。



「わたしが、東京の大学行くわ」

「え、でも」

「ええねん。 もともとこっちでやりたいこともあらへんし。 うちやったら多分、お金もなんとかなる」



 実桜は身体ごと沙知に向き直る。細い両手が沙知の肩を掴んだ。

 

 

「だから、それまで。 わたしが、沙知と一緒にいたいねん」



 いつになく強い実桜の言葉に、沙知は思わず口を閉じた。澄んだ水が一筋、瞳から零れ落ちる。

 

 

「ええの……?」

「くどいわ。 というかそれしかあらへんやろ。 わたしが沙知と一緒にいたいねん」

「……わかった、ありがとう。 ありがとうな、実桜……うち、待っとるから」

「うん。 また、東京でおんなじ学校行こな」



 涙を隠すように沙知は項垂れた。実桜は両手に少し力を込め、沙知を自分の側へと引き寄せる。

一年半と少し、もしかするとそれ以上。離れてしまう彼女たちは、それでも確かにこの先に必ず道を同じくすることを誓った。

川面は煌めいて、穏やかな反射光で二人を照らしていた。

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