君の為委員

「っはぁぁぁぁぁ…………」



 大きな、大きなため息が二人だけの教室に響いた。放課後、教室に白色電灯が燦燦と輝いている。

ただの二人しかいない教室内はそれだけで寂しくも見える。



「おっっきなため息だねぇ」

「そりゃねぇ」



 ため息を指摘された君下輝きみしたひかるは、きょとんとした顔のささげあかりの顔を一瞥してがくっと項垂れた。

二人――否、一人は今、目前に差し迫った文化祭で使用するクラス看板をせっせと作成している最中だった。



「文化委員なんて、文化祭でしか働かないから楽かと思ったけど局所的にちょっと忙しすぎ」

「しょーがないね」

「相方は看板手伝ってくれないし」

「ひどい相方もいたもんだね。 でもその相方は書類とかはやってるでしょ?」

「書類は一緒にやってるでしょ……」

「だって、私デザインセンス皆無なんだもん。 ひかるも知ってるでしょ」

「知ってる。 だから看板は私がやってる」



 何が可笑しいのか、あかりはけらけらと笑いながら輝を指さした。

 


「まー、相方さんは君が一人だと可哀想だから入ってあげたようなものなのだよ」

「だーれも立候補しなかったしね」

「そー、それならと思ってね」

「いなかった方が気持ち的に楽だったかも」

「えー、ひどい」

「冗談だよ」



 膨れるあかりに対して、今度は輝がニヒルな笑みを零した。

 

 

「冗談っぽくない」

「へーへー、ごめんなさい。 でもこう見えて感謝だけはしてるよ。 手伝ってくれたらもっとありがたいんだけどね」

「だからデザインができないだけだってー」



 軽口を叩きながらも輝はデザイン作業を進めていく。大判の画用紙に描かれたラフの清書を進める。



「…………」

「…………」



 ひとたび会話が途切れると、あかりも口を開かなくなった。

両肘を机につき、両手の上に顎を乗せてただひたすらに作業をする輝のを眺める。

静かな教室に二人の息遣いと、ペンの音だけが小さく鳴る。

 輝が作業に集中すればするほど、少しずつ机と彼女の顔の距離が短くなっていく。前に垂れてきた髪の毛を耳にかけ、作業を続ける。尚もあかりはその顔を眺め続ける。



「ねぇ」

「うーん?」

「何か喋ってよ」

「喋っていいの?」

「その方がメリハリがあって、良い」



 輝は顔を上げずに言った。その言葉にあかりは笑みをこぼす。

 


「ひかるの睫って長いよねぇ」

「そう? 考えたこともなかった」

「長いよ。 綺麗」

「へぇー、ありがと」

「わぁ、全然感謝してないありがとだね」

「だって、実感はないし?」



 窓の外の日は大分落ちてきていた。程無くして夜のとばりが降りてくるだろう。

そうなってしまえば、いくら文化祭の準備中とはいえ下校せざるを得ない。あかりは窓の外をちらっと見やってから教室の時計を見た。

 輝はまた黙って清書を続けている。そしてその間あかりは非常におとなしく彼女の顔を眺め続ける。



「そういえばさ」

「んー?」



 その静寂を終わらせたのはまたしても輝だった。あかりはパッと笑顔になる。

 

 

「ありがとね、文化委員」

「うぇ?」

「やる気なくても、入ってくれただけで助かってるし」

「やる気はあるよー、できないだけで」



 あかりの抗議の声に輝はくっくと笑った。

 

 

「それに」

「うん?」



 輝は、あかりの声色が少し変わったことを敏感に察した。思わず手を止めて顔を上げる。

そこには、いつも通りの――いつも以上の満面の笑みのあかりが真っ直ぐに輝を見つめていた。



「大好きな輝と、一緒にいれる時間は長い方がいいじゃん?」

「…………は?」

「だから――」

「いや、それどういう意味?」

「んー、言葉通りの意味だよ」

「――――えっ!?」



 瞬間、夕焼けよりも紅く輝の顔が染まった。困惑する輝に、あかりはずいと顔を寄せる。

 

 

「あらー、輝ちゃん可愛いね」

「お、おい! からかうなよっ!」

「からかってなーいよ」



 あかりはニヒヒと笑って、輝の鼻の頭を人差し指でつつく。

 この日の文化委員の仕事はここで終了となった。

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