ノット・テレパス

※ハッピーエンドではありません。




「あああぁぁぁ……」

「もう、そのため息朝から何度目?」

「だってさぁ、緊張するんだもん。 いざ決心してもやっぱり不安だし心配だし自信ないし……」

「まぁ、それはそうだろうけど。 でも、真由子可愛いから大丈夫だよ」

「うぅ、かおるぅぅ」



 放課後。暮れなずむ教室で、小学校からの友人同士である共田真由子ともだまゆこ環薫たまきかおるは教室の一つの机を挟んで向かい合って椅子に座っていた。

教室には既にほかの生徒の影はなく、グラウンドからは運動部の声、遠くの校舎からは吹奏楽部の練習の音が微かに聞こえてくる。

 真由子は大きなため息とともに机の上にしなだれかかった。うつぶせの状態で吐いた息が、頬の横から漏れて彼女の髪を少しだけ揺らした。

 

 

「またため息」

「かおるぅぅぅぅ」



 真由子は勢いよく顔を上げると、薫に泣きつくようにその両肩を取った。

薫は落ち着き払ってゆっくりとその両手を剥がし、代わりに自らの両手で真由子の手を覆う。



「決めたんでしょ、今日告白するって」

「うん……」



 真由子は頬を赤らめながら俯いた。

 真由子には意中の相手がいた。同じクラスの、テニス部の男の子である。

高校に入学して約半年、真由子にとっての初恋であり、そしてついにその恋が実るかどうかが目前まで迫っていた。



「ほら、そろそろ終わるんじゃない」



 薫は真由子の手を離して窓の外を見やった。グラウンドではサッカー部と野球部がトンボがけを行っている様子が見て取れる。

更にその向こうで、テニス部の面々が片づけをしている姿があった。

 薫は机の上に肘をつき、手のひらの上に顎を乗せて外を見続けた。赤黒い雲が空をゆっくりゆっくりと流れていく。

 

 

「薫?」

「ん、大丈夫だよ。 私は真由子が良い子だって知ってるし、自信持って」



 不安そうな真由子の声に薫は我に返って、優しく笑いかけた。

 

 

「う……ん」

「そう言われても難しいか。 でも、大丈夫だよ。 呼び出しした時、私もついていったでしょ。 あの態度だったらまず間違いないって。 それに……こないだデートもしたんでしょ?」

「二人で、映画は、見に行った」

「もう付き合ってるようなもんだよ。 後は言葉で繋いだら終わり。 私を信じて自信持ちなって」

「かおるぅ……」



 それでも不安そうな表情を取り払えない真由子に、薫はその顔に手を伸ばした。細い指が真由子の頬をつまむ。

 

 

「ほえほへ~~」

「ほーら、笑いなって。 そろそろだよ」



 頬をつままれて歪んだ真由子の顔を見て薫は笑った。つられるように真由子も笑う。

 

 

「ありがとね、薫。 わたし、頑張ってくるよ」



 何かが吹っ切れたように、真由子は立ち上がった。そしてスクールバッグを掴んでグラウンドの方を見やる。

陽は町の向こうに沈み、夕やみは夜の闇に切り替わり始めていた。

 

 

「後で報告するからね」

「うん、待ってるよ。 また明日、ね」

「ばいばい!」

「ばいばい」



 勢いよく駆けて行く真由子を薫は見送って、飛び出て行った教室のスライドドアをぼんやりと眺める。明かりをつけていない教室はじきに闇に飲まれてしまうだろう。下校時間も迫ってきている。薫もこの教室から出なければならなかった。

 それでも薫は椅子の上から動かなかった。光と影の境界が曖昧になっていく教室の中で一人、先ほど迄真由子が座っていた席を眺め続ける。

 

 

「……ふぅ」



 薫は小さなため息を吐いた。そしてゆっくりと目を閉じて俯いた。

泣いてはならない。その思いだけが薫の中を駆け巡っていた。自分は真由子の友人だ、親友だ。友の幸せを祝福すべきだと。

 それでも一言、零れ落ちるように薫は呟いた。

 


「真由子、好き……だよ……」



 消え入るようなその声は、すぐに空気に溶けて誰に伝わる事もなく霧散した。

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