オフ会

「好きです! 付き合って下さい!」

「え、えぇ………?」



 印口彩香おしぐちあやかは喫茶店の一角で困惑していた。周りの視線も厭わない大きな声で愛の告白をしてきた相手、音羽由香おとわゆかは尚も真剣な面持ちに頬を朱に染めて彩香を見据えている。

 

 

「待って待って、まず落ち着こう」

「落ち着いてます」

「私が、落ち着きたい」



 思わず彩香は頭を抱えた。何がどうなってこうなったのか、と。脈絡はあったのか、考えてみればそうなのかもしれない、と彩香の中で高速で思考が堂々巡りを始める。



「よもや大学生になって、そんなテンプレ的な告白台詞を、まさか同性から受けると思わなかった……」

「女性同士はダメですか……?」

「う、うーん……考えたこともなかったっていうか……」

「じゃあ、チャンスはありですか!」

「ちょ、ちょっと待ってね」



 由佳の勢いに気圧けおされるように彩香は少しのけ反った。そして、改めて由佳という存在を確認する。

自称女子大生――今年かららしい――で、フェミニンな服装に身を包んだ女性。髪の毛は明るめのブラウンで毛先を巻いている。

整った目鼻立ちに、彩香は最初「モデルさん?」と聞いたがそういった事実はないらしい。



「そもそも、お互い顔見たのは今日が初めてだよね……?」

「そう、ですけど」



 彩香の問いかけに、由佳は少ししゅんとした様子を見せた。

 二人は、ネットゲームの知り合いであった。意気投合し、至極偶々家が近かったという理由だけで今日このが実施されていたのである。少なくとも、彩香はそういう認識でこの場に赴いていた。

 

 

「でも、ずっとボイスチャットで話してましたし」

「まぁ、うん。 そうだね……」



 彩香は思い返す。彩香たちが遊ぶネットゲームでは複数人のグループで集まる事が多い。そしてそのグループでボイスチャットが行われる事もしばしばあり、同じグループに所属する彩香と由佳は同様にその場で話すこともあった。

だが、どこかのタイミングから由佳が彩香だけを誘って二人でボイスチャットをしながら遊ぶことが多くなっていた。彩香はそれを、単に同性であるからの誘いやすさだと考えて気軽に受けていた。

 彩香は心の中でため息をついた。目の前の友達は不安そうに、だけど確固たる意志を持った目をして彩香を見つめていた。

 彩香は二十数年の生を紡いできて、男性と付き合った経験はなく、かといって女性を恋愛対象として見ている事もない。だからこそ、彩香は即答で由佳の気持ちを断ることができないでいた。 

とはいえ、考えているうちに彩香の気持ちは心の中では固まっていた。「断ろう」。ただ、どうやって傷つけずに、関係を保ったまま断るか。彩香にとっても、由佳との友人関係は心地よい物で継続したい物であった。

 


「えっと、最初に言うけど、付き合えない」

「…………わかりました」



 意を決して彩香は切り出す。その言葉を聞いた瞬間、由佳は体の全ての力が抜けたようにソファにもたれかかった。

 

 

「でも」



 彩香は矢継ぎ早に言葉をつなげた。

 

 

「よかったら、どうして私を好きになったか教えてくれる?」



 彩香は考えた。もしかしたら、気持ちを本人あやかに吐き出してさえしまえば落ち着くかもしれない、と。

 

 

「わたし、昔から女性しか恋愛対象に見れませんでした」



 そして、ぽつりぽつりと由佳が話し始める。

 

 

「でも、それは世間一般的には受け入れられない事で、昔それで嫌がらせを受けてからずっと隠してきたんです。できるだけ学校とかでも、女の子と関わらないようにしたりして。でもそうすると、わかりますよね? グループから弾かれて、友達なんていなくなるんです」



 彩香は黙って話を聞いていた。想像以上に重いスタートを切ってしまった話だが、自分から振った以上後戻りはできないと佇まいを正す。

 

 

「それがやっぱり寂しくて、気が付くとネットゲームをしていました。 そこで、貴女と出会ってしまったんです。ダメだってわかってても、顔は見えないから、会うことはないからって、自分を甘やかして遊んでいるうちに貴女のことを沢山知って行って。 わたしに合わせて遊んでくれたり、一緒に笑ってくれたり、ダメだダメだって思ってるうちに貴女のことを、好きになってしまって」



 堰を切ったように由佳は話し続けた。彩香は少し後悔をした。この話を聞いて、自分にできることはあるのか。もしかしたら余計に辛い思いをさせてしまっているだけじゃないのか。

 

 

「そして、気が付いたらここにいて。 わたしは結局、わたしを抑えきれませんでした」

「そ、っか……」



 二人が最初に頼んだティーセットはとっくに空になっていた。

 

 

「でも、わたし知ってるんです。 こんな事言ってるけど、わたしは傲慢強欲な部分もあって。 それはあきらめが悪いって事」

「ん?」



 いつの間にか、由佳の目には生気が戻っていた。力強い眼差しで彩香の事を見据えている。

彩香は思わず、素っ頓狂な声を上げて目を丸くする。



「彼氏は、いるんですか?」

「いない……けど」

「じゃあ、きっとわたしにもチャンス、ありますよね?」

「それは……ない、と思う、けど……」



 テーブルから身を乗り出して、突如として勢いづいた由佳に彩香は言葉の歯切れが悪くなってしまう。

眼前に迫った彩香の顔の距離の近さに、思わず赤面をしてしまう。そして彩香は一瞬でも考えてしまった。



(かわいい……)



「ふふっ」



 そんな彩香の心中を知ってか知らずか、由佳は小さく微笑んだ。

 


「でも、本当に困ったら距離を置いてください。 わたしもバカじゃありません。 その時は諦めます。 でも、そうじゃないなら――」


 由佳の言葉の先を彩香は黙って待った。ここで何か言わなければならない。そうでないと後戻りが出来ない気がする。彩香の中に予感はあったが、それでも彩香は言葉を発することができないでいた。言葉を発しようとするには、些か何故か胸がうるさすぎた。

 

 

「わたし、貴女をおとしてみせます」

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