聖夜に我返らず
「メリークリスマス!」
「めりー、くりすまーす……」
「テンションひっく!」
「いやぁ、我に返っちゃって……」
「だめだめ、もっとテンション上げてかないと! ほら、かんぱーーい!」
人々が浮かれる十二月二十五日聖夜、とある学生アパートの一室で女子大生である
二人が対面に足を入れた炬燵の上には、ローストビーフを始めとするいくつかの料理と沢山の缶チューハイ。
そして、妙なハイテンションの栗菜は乾杯を終えるや否やぐびぐびと炭酸を喉に通した。350ml缶を一気に飲み干す、栗菜は大仰にそれを口から離して快感を身振りで表した。喉を通る炭酸の弾ける感覚に、思わず目を瞑って体を縮こませる。
「くぅぅ~~」
「飛ばすねぇ……」
「半分しか飲んでないよ!」
かたやちびちびと酒を口に運ぶローテンションの香菜から口を出され、栗菜はまだ中身が残っている事を伝えるためにテーブルに缶を勢いよく置いた。栗色に染めた長い髪が勢いに合わせて揺れる。
栗菜がテーブルに置いた――半ば叩きつけるように――缶の口から「ぽわん」と不思議な反響音がする。
「殆ど残ってないじゃん」
「ばれたか」
栗菜は「あっはっは」と大声で笑って次の缶のプルタブを起こした。
「はぁ、花の女子大生でも彼氏できずかぁ……」
「しょげなさんな、しょげなさんな」
「あんたもいないだろ」
「違いない! あっはっは」
「もう酔った?」
不貞腐れたようにチューハイにちびちびと口を付け続ける香菜の背中を、酔ったオヤジのように栗菜はばしばしと叩いた。
ばしばしと叩かれて揺れる上半身に合わせ、香菜のボブカットの黒髪が静かに揺れた。
クリスマスの夜は雪は降っていないが、今年一番の低気温だった。
二人がいる部屋の外はしんと静まり返り、澄んだ空気の上で星と月が輝いている。窓から臨める住宅はいくつも灯りがともっていたが、外を出歩いている人は誰一人として見当たらなかった。
「まだ八時なのに、外は静かだねぇ」
「住宅街なんてこんなもんだろ」
「そっかなぁ。 そっかぁ」
外は閑静だが、恐らく各家庭の中にはそれ相応の賑やかさがあるだろう。栗菜はそこまで想いを馳せてから、三本目のチューハイを飲み始めた。
「あんた、飲み過ぎじゃない?」
「缶チューハイだしへーきへーき。 それに、香菜が作ってくれたローストビーフが美味しくってさぁ」
「そりゃどーも」
アルコールにそれほど強いわけでもない栗菜を心配して香菜は声をかけるが、当の本人に止まる意思がなさそうな事を察してそれ以上の追及を香菜は諦めた。そうしている間にも栗菜は四本目のチューハイに手をかけていた。
友人の飲みっぷりを見て、香菜も二本目のチューハイを開栓する。おつまみに作っていたいくつかの料理は七割方なくなっていた。
「来年は就活頑張ってかないとなぁ……」
香菜がぼそりと呟く。それを耳聡く栗菜は拾って零さなかった。
「わたしの所に永久就職しよっか」
「あー、はいはい」
「つれなーい。 彼氏いないんだからいいじゃーん」
「そういう冗談はよしなって」
どう見ても酔っている栗菜をあしらって、香菜はチューハイを少し飲んだ。そうして、ほんの少し視界が狭いうちに栗菜は香菜の隣へと場所を移していた。
「冗談じゃ、ないよ」
「へ?」
香菜がチューハイから口を外して視界が開けると、すぐ真横に栗菜の赤く染まった顔があった。
その
鼻と鼻が触れ合いそうな程の距離。香菜は急速に頭がぽーっとしていくのを感じた。それは炬燵の熱か、酔いか、それとも。
「クリスマスに二人っきり、だよ? ……私の気持ち、わかってたくせに」
「…………」
香菜には、目の前の友人が熱に浮かされているように見えた。だが、それ以上にこの可愛らしい友人の顔が間近にあるという事実に心が捕らわれていた。ぐるぐる、ぐるぐると思考が香菜の脳内を回る。
栗菜の綺麗な栗色の髪、冬の夜空のように澄んだ瞳、筋の通った小ぶりの鼻、よくよく見ると奪ってしまいたくなるような潤んだ唇――。と、そこまで考えて香菜は大きく
「私には、そっちの気はない、から……」
香菜は顔を逸らし、迫りくる栗菜に両手の平を差し向け、肩を掴んだ。その手を、栗菜は間髪いれずに掴み取った。
「捕まえたぁ」
「ちょ、ちょ、栗菜……」
取られた手に、思わず香菜は栗菜の顔を見やった。先ほど迄よりも更に近い。お互いの息遣いが分かるほどの距離。
「じゃあ、なんで真っ赤なの?」
「それは、酔ってるから……」
「香菜、嫌だったらハッキリ嫌って言うの、私知ってるから」
「そりゃ……」
「ね、今夜くらい、我に返らなくてもいいんじゃない?」
香菜はきゅっと強く、目を閉じた。
そして栗菜は、香菜に更に近く寄った。
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