第6話
翌朝。事件は
なんであれ、事件の解決は
「イライライライラ……」
「口に出すほどじゃないでしょうに」
「そんなことはないですよ? 彼が自首を選んだのには、間違いなく僕の揺さぶりが影響しているのですから」
通自はティーポットを掲げるようにして紅茶を注ぐ。しかし、いらだちを抑えきれないためか、カップではなく受け皿のほうが赤く染まっている。
「自首をなさるのでしたら、せめて『特例係の通自さんに説得された』とでも言い添えていただきたかったですねえ」
「あの事件は捜査一課の担当でしたし、向こうが評価されるのは無理もないでしょう」
「他人の手柄を横取りするだなんて、許されるはずないじゃないですかっ!!」
(最初に横取りしようとしてたのは誰だったかなー)
上司をひっそり白眼視しながら重木はコーヒーをすする。
「……そういえばジキョウさん、名栗の祖母が多額の治療費を必要としていただなんて、よく調べましたよね。事件とはおよそ無関係だって、ふつうはそう思いますよ?」
「共犯を疑う場合、現場にいた人間だけが共犯者であるとは限りませんからねえ。もっとも、僕が治療費のことに気づいたきっかけは、あくまで名栗さんの緊急連絡先ですが」
通自は受け皿にこぼした紅茶を一息に
「緊急連絡先といえば配偶者や両親あるいは兄弟あたりが一般的ですが、名栗さんの緊急連絡先はおばあさまでした」
「かけたんですね……」
「十分おきに三回ほど。繋がるやいなや『病室にいたから受けられませんでした』と言われれば、なんらかの理由で入院されているのだと誰でもわかります」
「そこから治療費のことを聞き出した、と」
「はい」
「いつもの悪い癖ですか? よくやりますよね、ほんと」
「聞き込みは犯罪捜査の初歩ですよ? 重木君」
「――なぁにが『初歩ですよ?』だ。書類係の分際で偉そうに」
「その声は、っと」
重木は香気立ち上るマグをデスクに置き、おもむろに椅子を回す。書類の墓場と化した特例係の部署にやって来たのは、捜査一課の
「真白中央警察署特例係ですよ、熱海巡査部長」
「元警部殿は相も変わらずお暇なようで」
金縁めがねと強面が互いの顔を
「どうしたんですか、先輩。
「そのために来てんだよ!」熱海は握った書類を突き出す。「
「んっふふ」
(この人、足を引っ張るつもりだ……)
多額の治療費。見つからない二百万。
これらを勘案すれば、盗まれたお金がどこへ消えたのかは推して知るべしだ。
「ああああぁ、くそっ! 事件は殺しだけじゃなかったのかよ……!?」
「仮に、このまま二百万が見つからなければ、あなたの評価に響くかもしれませんねえ?」
「特例係もなっ!」
「はいぃ?」
「署長が言ってたぜ? 『取り調べを妨害した以上、特例係も無関係とは言いがたい』ってな」
この発言を受けてか、通自は柄にもなく固まった。
嘘が下手くそな者同士、鬼気迫るものを感じ取ったのだろう。すぐさま通自は席を立ち、「僕としたことが」と性急に切り出した。
「たった今、重要な手がかりを思い出しました。消えた二百万が見つかるかもしれません」
(えっ)
「ほ、本当かっ!?」
「ええ。こうしてはいられません、行きましょう」
「ちょちょちょ、ちょっと、ジキョウさん?」
重木は熱海に悟られないよう、通自へと耳打ちする。
「いいんですか? なんかいい感じに終わりそうでしたけど……」
「重木君。警察官にとって最も大切なことは、真実を明らかにすること――ではなく、出世です」
「出世!?」
「一に出世、二に出世、三四がなくて、五に出世! 君はっ、そんなこともわからなくなっていましたかっ!?」
これはひどい。
紅茶葉よりもはるかにどす黒い上司の
今日も今日とて成果を上げんとする強面巡査部長の大声が響く。変わったことといえば、大声の主が金縁めがねと意気投合していることくらいだろうか。
だがしかし、依然として署長以外にまともな職員がいない真白中央警察署においては、この程度の喧噪など茶飯事である。
――知らなかったので転勤したい。
どうりで新米警察官たちが口々にそう言い残すわけだ。
I know《アイ・ノウ》-自供を促す三文ミステリー- 水白 建人 @misirowo
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