第3話

 黙秘のつもりこそないものの、名栗は固く口を結んでいた。

 ――否。取るに足らない動揺を隠そうとするあまり、口がひとりでに硬直しているだけにすぎない。

「自室や居間などではなく、普段は使わないような離れで殺されたという点がどうにも気になりましてねえ。被害者のお孫さんにお話をうかがったところ、タンス預金について知ることができたというわけです」

 いささかながら想定外だった。

 それもそのはず、二百万について強面の刑事はなにひとつ言及していなかったのだから。

(故意に伏せていた? いや、そんなふうには……)

 いずれにせよ、特例係、侮れじ。

 真白の警察官が無能ばかりではないと思い直したのち、名栗は背筋にぐっと力を込めた。

「工具箱に凶器があったということは、あなたに目撃された時点で只野さんは凶器を手にしていなかったということです。殺人を終え、おそらくお金も盗み終えていたでしょう。なのになぜ犯行現場に戻ったのか」

「遺体を隠したかったんだろ」

「ぶー」

(うぜぇ……)

「遺体を隠すくらいなら、大抵の人間は犯行の証拠となる凶器をより安全な場所に隠すか、処分したくなるものです。自分の工具箱に隠して終わりだなんて、あまりにいい加減だと思いませんか?」

「突発的にっちまったから気が動転してたとか」

「それも通じません。通報後に盗む時間などありませんから、二百万はあらかじめ別の場所に隠していたと考えられます。未だに見つからないということは、それだけ巧妙に隠す余裕があったと言えるでしょうねえ」

「だ、だが」

「正直になさったほうが賢明ですよ? ここまでの取り調べはほんの序の口。攻め手はいくらでもありますので」

「なんだと……?」

 ここまでぐるぐると取調室を歩き回っていた通自だったが、なにを思ったのか、唐突にぴたりと止まった。

 すぐさま通自はスーツのポケットに右手を入れる。取り出されたのは黒一色のスマートフォンだった。

(まさか、決定的な証拠でも……!?)

「歩くだけでガチャが引けるとは、大変ありがたいですねえ」

「ゲームかよっ!?」

「健康アプリです――あっ」

「職務たいまんですよ、ジキョウさん」

 不意に戻ってきた重木によって、通自の手からスマートフォンが取り上げられる。

「まじめに仕事を終わらせるまで没収します」

「僕はいたってまじめに取り調べていましたがねえ」

「どうせ俺の推理を受け売りしてたんでしょう?」

「んっふふ」

 図星を指されたのだろう。笑顔をこわばらせる通自の額は、まるでジョギングでもしたかのようにじっとりとしていた。

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