第2話

「改めまして、特例係のつうです」

 金縁めがねはいんぎんれいに目尻を下げ、

「同じくかさねです」

 三白眼はうつむき加減にスマートフォンをいじる。

(今度はふたりがかりで取り調べか。ったく、だりぃな)

「なにか不都合でもございましたか?」

「別に……ただ水飲みてえって思っただけですよ」

「僕としたことが!」

 通自はすっくと立ち上がる。

「長時間にわたって取り調べを受けているのですから、あなたののどが渇いているであろうことを想定するべきでした」

 次いで「大変失礼いたしました」と通自は腰を折る。そして我関せずと言わんばかりに画面を見つめ、ひたすら親指を働かせる女刑事へと視線を走らせた。

「重木君」

「調書なら取ってますよ。スマホで」

「紅茶を淹れてきてください」

「ご自分でどうぞ。俺はコーヒー党なので」

「それはいけませんねえ。上司に逆らえばどうなるか――君自身、うすうす気づいているのではありませんか?」

左遷された時点でとっくに気づいておりますよっと」

 重木は足を伸ばしてパイプ椅子を後ろに滑らす。

「砂糖は五つでしたよね?」

「加えて、茶葉は多めでお願いします」

「……あんた、自分が飲みたかっただけだろ」

「んっふふ」

(わかりやすっ)

 そんなやり取りのさなか、ひたとふさがっていたはずの取調室がふたたび口を閉ざした。あんな命令に手早く応じるとは、どうやらあの女刑事はよほど残業が嫌いなようだ。

「彼女、仕事熱心でしょう? あなたとはまるで違う」

「そっすね」

「おや、お認めになられますか」

「どうせ親方とかから聞いてるんでしょ」

 仕事が好きだとか、楽しいだとか、そう口にする人間はおおむね勝ち組だ。

 現に、ぐりにとって極小工務店の雇われ職人など、でもしか大工がやるようなせんぎょうにほかなく、勤続十年、ただの一度もまじめに取り組んだためしがない。

「得られた証言が事実だとするなら、あなたは忘れ物がひどく、常にまわりから仕事道具を借りていたようですねえ。たとえばそう――とか」

 通自はいないいないばあでもするように両手のひらを開いてみせる。

「あなたは熱海刑事に手袋は紛失したと答えました。ですが、関係者のみなさんは事件当日に手袋を貸した覚えはないと、口をそろえて証言しています」

「そうだっけなあ。けど、いつなくしたかまでは」

「十五分」通自は指を折る。「昼休憩が始まった午後零時から、通報されるまでの十五分。あなたの手袋が手もとを離れたのはこの時間内であると考えられます」

「オレがわかんねえって言ってんのに、なんであんたにわかるんだよ?」

「スマートフォンです」

「スマホぉ?」

 名栗は意味のわからない回答に首をかしげる。

「あなたの手袋はスマートフォンの操作に対応していない、しかし事件現場で被害者とたださんを目撃してすぐに通報を行ったとあなたは証言しています。そのとき手袋を着用していたなら、一般的には手袋を外し、作業着のポケットにでもしまってから通報するでしょうが、作業着そして通報された場所からも手袋そのものは見つかっておりません」

 通自の足が取調室の机に沿って、ゆっくりと踏み出される。

「さらに、住宅の改築工事となれば刃物や電動工具を扱うことになりますが、工務店のとうりょうたかさんいわく『安全管理は徹底している』とのこと。工事中の事故がなにかと話題に上っているこのご時世、素手の従業員がいれば必ずやご指摘なさるでしょうねえ」

「だから作業中になくした可能性はない、と」

「はい」

 金縁めがねの言い分には、確かに理に詰まるものがある。

 とはいえ、それはあくまで手袋が消えた時間の話。犯人の特定には至らない。

「でも休憩時間に盗まれた可能性までは否定できませんよ?」

「もちろんです。ただ、現実的ではないでしょうねえ」

「十五分もありゃできるでしょ」

「そんな理屈は通じません。手袋を盗んで、人を殺して、凶器と手袋を隠して、犯行現場に戻る。その上さらに、のですから」

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