I know《アイ・ノウ》-自供を促す三文ミステリー-
水白 建人
第1話
今日も今日とて成果を上げんとする
しかし。時として。
合法定かならぬ取り調べを受けてなお容疑者が自供せず、捜査が
「凶器の金槌からはお前が使っていたものと同じ手袋痕が出てんだ。もう言い逃れできねえぞ
「同じメーカーのでしょ、刑事さん」
「それも一致じゃなくて類似だってんなら、オレが使ってたのと同じだなんて言えます?」
「お前んとこの親方も同僚も、使っていた手袋はみんな別のメーカーなんだぞ! お前以外に誰を疑えってんだ!?」
「盗んじまえば誰だって使えますよ。オレが使ってたやつ、どっかいったままだし」
「そ、それはだな……」
「そら見ろ。証拠なんかどこにもない」
「――確かに証拠は残っていないかもしれませんねえ。なにせ、すでに燃やされた後でしょうから」
名栗と熱海は、いやに癖のある声がしたほうへと向き直る。
取調室のドアを勝手に開け放ち、ふたりの前に直立の姿勢を見せたのは、
「特例係ぃ~」熱海は顔をしかめる。「なにしに来やがった!?」
「出世をしに来ました」
「はあ?」
「殺害されたのは真白市元市議、
「聞いてねえ……」
肩を落とす熱海、目を丸くする名栗らふたりのことなど意に介さないような口ぶりで男は続ける。
「事件が起きたのは午後
「なんで知ってんだよ……連中に口止めしといたってのに」
「捜査一課がとてもお忙しく見えたものですから、つい先ほど書類整理のお手伝いをいたしましてねえ。みなさん喜んで捜査資料を渡してくれましたよ」
「書類係め」
「真白中央警察署特例係ですよ、せ・ん・ぱ・い」
「げ、
「まあそう言わずに」
取調室にまたひとり。廊下から顔を出してきたのは、悠々とした低い声色が印象的な、若々しい刑事だった。
「凶器となった金槌は只野さんの工具箱から見つかり、製品型番や関係者の証言などから本人のものと断定。しかし凶器の手袋痕は只野さんではなく、そちらの名栗さんが使っていた手袋によって付けられた可能性が高い……正直なところ、証拠が足りなくて困ってません?」
「だったらなんだ、そこの元警部殿に任せろって言うつもりか?」
「ええ」と重木はうなずくと、けだるそうな
「特例係の
「ちなみに、被害者宅の裏庭から犯行に使われた手袋とおぼしき燃えかすが見つかっています。いくら供述証拠が欲しいからといって、攻め手を欠いた取り調べなど殺人犯には通じませんよ?」
顔をのぞき込もうとする金縁めがねから目をそらし、強面にぎゅっとしわを寄せながら、熱海は声を振り絞る。
「ああああぁ、くそっ! 新たな証拠を見つけ次第すぐに戻る! 覚悟しろよ、名栗!」
熱海はパイプ椅子を壊すような勢いで立ち上がると、ずかずかとした逃げ足で取調室を去っていった。
うるさい刑事がいなくなり、すっかり気が大きくなった名栗はパイプ椅子に思いきりもたれかかる。特例係への気後れなどまったくない。
「……で、あんた方も取り調べ?」
「名栗益雄さん、でしたか」
通自は熱海の席に座るやいなや、前のめりになって名栗へ顔を近づける。
「んだよ」
「熱海刑事の強面に負けず劣らずの
「顔で決めんのかよ!?」
「人を見かけで判断してしまうのが僕の悪い癖」
「なに笑ってるんですかジキョウさん」
「はいぃ?」
「そういうのいいから仕事しましょう、仕事」
重木は壁に立てかけられていたパイプ椅子をひとつ開き、通自の隣へと腰を下ろす。
「だらだら取り調べたところで残業代なんか出ませんよ? さくっと終わらせましょう」
「兄ちゃんの言うとおりだぜ? 通自さんよお?」
「女です」
「え」
「女です」
「いやだって」
名栗は重木を二度見する。分厚いダウンジャケットを羽織っているとはいえ、胸部にそれらしい膨らみは認められない。
そればかりか、髪にしても、声にしても、目元を除けば顔立ちにしてもりりしいと来ている。そうと決めつけてから見ない限りは、そうそう彼女が『彼女』であるとは思えないだろう。
女刑事を涙目にされて
「人を見かけで判断するだなんて、恥を知りなさぁいっ!!」
「あんたが言うな!」
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