I know《アイ・ノウ》-自供を促す三文ミステリー-

水白 建人

第1話

 今日も今日とて成果を上げんとするこわもて巡査部長の大声が響く。署長以外にまともな職員がいないしろ中央警察署においては、この程度のけんそうなどはんである。

 しかし。時として。

 合法定かならぬ取り調べを受けてなお容疑者が自供せず、捜査があんしょうに乗り上げてしまうことがある。本件もまた、そういった事例のひとつだと言えよう。


「凶器の金槌からはお前が使っていたものと同じ手袋痕が出てんだ。もう言い逃れできねえぞぐり!」

でしょ、刑事さん」

 熱海あたみ刑事の取り調べを受けるしょうひげの男、ぐりますはにたりと笑う。

「それも一致じゃなくて類似だってんなら、オレが使ってたのと同じだなんて言えます?」

「お前んとこの親方も同僚も、使っていた手袋はみんな別のメーカーなんだぞ! お前以外に誰を疑えってんだ!?」

「盗んじまえば誰だって使えますよ。オレが使ってたやつ、どっかいったままだし」

「そ、それはだな……」

「そら見ろ。証拠なんかどこにもない」

「――確かに証拠は残っていないかもしれませんねえ。なにせ、すでに燃やされた後でしょうから」

 名栗と熱海は、いやに癖のある声がしたほうへと向き直る。

 取調室のドアを勝手に開け放ち、ふたりの前に直立の姿勢を見せたのは、しら交じりのオールバックに細身の金縁めがね、そしてしわひとつないグレーのスーツでぴしりと決めた老齢の男だった。

「特例係ぃ~」熱海は顔をしかめる。「なにしに来やがった!?」

「出世をしに来ました」

「はあ?」

「殺害されたのは真白市元市議、がしらぼうそう、八十一歳」

「聞いてねえ……」

 肩を落とす熱海、目を丸くする名栗らふたりのことなど意に介さないような口ぶりで男は続ける。

「事件が起きたのは午後れい過ぎ。現場は被害者の自宅である改築中のごうしゃな平屋建てで、遺体は離れで見つかった。死因は頭部打撲によるのうしょう。凶器となった金属製の金槌は高井工務店の従業員、ただよしひとさんの工具箱に入っていた。そうですよね?」

「なんで知ってんだよ……連中に口止めしといたってのに」

「捜査一課がとてもお忙しく見えたものですから、つい先ほど書類整理のお手伝いをいたしましてねえ。みなさん喜んで捜査資料を渡してくれましたよ」

「書類係め」

「真白中央警察署特例係ですよ、せ・ん・ぱ・い」

「げ、かさねまで来やがった」

「まあそう言わずに」

 取調室にまたひとり。廊下から顔を出してきたのは、悠々とした低い声色が印象的な、若々しい刑事だった。

「凶器となった金槌は只野さんの工具箱から見つかり、製品型番や関係者の証言などから本人のものと断定。しかし凶器の手袋痕は只野さんではなく、そちらの名栗さんが使っていた手袋によって付けられた可能性が高い……正直なところ、証拠が足りなくて困ってません?」

「だったらなんだ、そこの警部殿に任せろって言うつもりか?」

「ええ」と重木はうなずくと、けだるそうなさんぱくがんを向けながら先輩刑事になれなれしく耳打ちする。

「特例係のつうともなり。あの人が取り調べで何人落としてきたか、熱海さんもよくご存じかと」

「ちなみに、被害者宅の裏庭から犯行に使われた手袋とおぼしき燃えかすが見つかっています。いくら供述証拠が欲しいからといって、攻め手を欠いた取り調べなど殺人犯には通じませんよ?」

 顔をのぞき込もうとする金縁めがねから目をそらし、強面にぎゅっとしわを寄せながら、熱海は声を振り絞る。

「ああああぁ、くそっ! 新たな証拠を見つけ次第すぐに戻る! 覚悟しろよ、名栗!」

 熱海はパイプ椅子を壊すような勢いで立ち上がると、ずかずかとした逃げ足で取調室を去っていった。

 うるさい刑事がいなくなり、すっかり気が大きくなった名栗はパイプ椅子に思いきりもたれかかる。特例係への気後れなどまったくない。

「……で、あんた方も取り調べ?」

「名栗益雄さん、でしたか」

 通自は熱海の席に座るやいなや、前のめりになって名栗へ顔を近づける。

「んだよ」

「熱海刑事の強面に負けず劣らずのあくにんづら。同僚の只野さんではなくあなたが犯人扱いされるのは無理もありませんねえ」

「顔で決めんのかよ!?」

「人を見かけで判断してしまうのが僕の悪い癖」

「なに笑ってるんですかジキョウさん」

「はいぃ?」

「そういうのいいから仕事しましょう、仕事」

 重木は壁に立てかけられていたパイプ椅子をひとつ開き、通自の隣へと腰を下ろす。

「だらだら取り調べたところで残業代なんか出ませんよ? さくっと終わらせましょう」

「兄ちゃんの言うとおりだぜ? 通自さんよお?」

「女です」

「え」

「女です」

「いやだって」

 名栗は重木を二度見する。分厚いダウンジャケットを羽織っているとはいえ、胸部にそれらしい膨らみは認められない。

 そればかりか、髪にしても、声にしても、目元を除けば顔立ちにしてもりりしいと来ている。そうと決めつけてから見ない限りは、そうそう彼女が『彼女』であるとは思えないだろう。

 女刑事を涙目にされていきどおったのか、通自は取調室の机に握りこぶしをたたきつける。

「人を見かけで判断するだなんて、恥を知りなさぁいっ!!」

「あんたが言うな!」

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