第38話
レインを連れて、レオンは寮の外にやってきた。
それから少し歩き広場へとやってくる。大きなイチョウをベンチが囲っている。その近くには小さな泉がある。
泉からはこんこんと水が溢れている。あふれた水は水路を通って海の方へと流れていく。
イチョウの木陰に隠れたベンチ。その一つにレオンが腰掛けた。
「アリアは普段もあんな様子か」
「ええ。誰に似たんだか知らないけど。いっつも仏頂面でいるわよ」
「俺に似たとでも言いたいのか」
「別にそう言いたいわけじゃないけど。そういえば、あんたもよく仏頂面するわね。アリアにそっくりだわ」
「ほっとけ。元からこういう顔だ」
「そう」
レインはちらと寮の窓を見る。
窓辺に立ったアリアが、二人をじっと見つめている。
レインは何となく手を振ってみたが、アリアは顔を逸らしカーテンを閉めてしまった。
「何か飲む? 飲み物くらいなら、奢ってあげるけど」
そういって、レインが自販機を指差す。
「いい。俺が払う」
レオンが財布を取り出して、金をレインに渡す。きっちり二人分の料金だ。
「あら、太っ腹だこと。コーヒーでいいかしら」
「ああ」
レインは小銭をもてあそびながら、自販機へと向かう。缶コーヒーを2つ。ボタンを押すとガコンと取り出し口に吐き出される。黒いラベルのコーヒー。両手に持ってレオンの元に戻る。
「ほら」
ヒョイと片方のコーヒーをレオンに投げる。レオンはこれを受け取り、ふたを開けた。
「近衛隊の隊長に喧嘩を売られたそうだな」
「ええ。喧嘩というか。難癖をつけられただけだけど」
「お前が殺し屋ということがバレたらしいが、本当か」
「そうみたいね。ああ、計画が知られたわけじゃないから、安心していいわよ」
「だといいんだがな。どこから漏れ出すかわからないんだ。注意をするに越したことはない」
「はいはい。わかってるわよ」
遠くから生徒の笑い声が聞こえてくる。彼らの手には買い物袋が握られている。どうやら街に出かけていたようだ。彼らはレインたちに気が付くと、そそくさと寮の方へ歩いて行った。
「怪我の具合はもう大丈夫か」
「見ての通り、すっかり元気になったわよ。まあ、傷跡は残っちゃったけど」
レインが掌をみせる。そこには刀がうがった跡がくっきりと残されていた。
「女を傷物にするなんて、ひどいやつでしょ」
「お前がいうセリフか、それは」
「女は女だもの。私にだって言う権利くらいはあるわよ」
レインはコーヒーに口をつける。
「隊長殿は今はどうしてる」
「謹慎処分を受けて、しばらく自宅待機よ。戻ってくるのは、もう少し先になるわね」
「殿下の周囲は、別の人間が警護しているのか」
「ええ。国友の……ああ、隊長の部下が任されてたはずよ。あんまり人事に明るくないから、詳しいことはわからないけど」
「そうか」
レインにならい、レオンもコーヒーを飲む。
「アリアと殿下の仲は、今のはどの程度まで行ってるんだ」
「ちょっと、そういうのはプライバシーっていうやつよ。人の恋路を詮索するんじゃないの」
「ふざけているのか」
「ふざけちゃいないわよ。あんただって、アリアの母親とのこと聞かれるのは、嫌でしょ」
レオンがたじろぐ。
「大丈夫よ。あんたが心配しなくても、あの子たちはうまくやってる。殿下も殿下でアリアのことを好いているみたいだし、アリアも満更ではないしね」
「お前が見ても、そう思えるか」
「ええ。問題があるとすれば、アリアの態度ね」
「どういうことだ」
「奥手っていうか。何というか。自分の気持ちを正直に打ち明けられないのよ。こと色恋にいたってはね。ほんと、見てるとじれったくてね。私が代わりに告白してあげようかと思ったくらいよ」
レインは肩をすくめる。
「やめろ。お前が関わるとろくなことにならない」
「冗談よ。冗談に決まってるでしょ。そんなことするほど、私も馬鹿じゃないって」
「どうだかな」
レオンは苦笑する。コーヒーを飲み干すと、くずカゴに投げ入れた。
「そろそろ行かなければ。お前はこれまで通り、警戒と監視を続けてくれ」
「あら、もう行くの」
「仕事は山のように残ってるからな。あまり長いこと職場を開けられないんだ」
「勤労人ね。マフィアのボスらしからぬ真面目さね」
「仕事に真面目なのは、今も昔も変わらんさ。お前と違ってな」
「何それ。私が不真面目だって言いたいわけ」
レインは腰に手を当てて、ため息をつく。
「ああ。お前の不真面目さは、ガキの頃から変わってないからな」
「辛辣ね。泣きたくなってきちゃった」
「泣くなんて、お前の柄じゃないだろ」
レオンはスマホを取り出して、どこかに電話をかける。
口調からして職場の部下だろう。
今終わった。これから行く。そうとだけ言って、レオンは通話を切った。
「アリアのこと、くれぐれも頼んだぞ」
レインの肩を叩き、レオンは寮に背中を向ける。
遠く離れていく背中を、レインは見送った。
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