流転と輪廻

 ヒロシは、10年前より都内東急東横線沿線に家を購入し住むようになった。あまり地元を知らないヒロシだが、地元でも帰りにちょい寄りする飲み屋がないかと探していたところ、『キャロッツ』というバーを見つけた。週に1〜2回、帰りに寄るようになっている。もう5年の通いとなり、ヒロシはすっかり常連さんだ。


 この店の女主人はマミさんと言った。40代前半だ。中々の美形で、若い頃はかなりモテたと聞く。彼女目当てで来る男性客も多かったらしい。今では落ちついて子供もいる。息子と娘、中学と小学生だ。旦那は別居中らしいがそこらへんは良くある話だ。


 ヒロシは常連といっても最近の客の方である。店は30年以上も前からやっていて地元では老舗の飲み屋である。マミさんはこの店の2代目だった。初代はマミさんの母親がやっていた。その母親も客相手商売が上手かったらしい。

 『キャロッツ』の母親の時代は、娘のマミさん意外にもアルバイトの若い女性が狭いカウンターに何人か入り、綺麗どころが多いと繁盛したらしい。客の間でアルバイトの女性の取り合いも良くあったと聞く。


 今はマミさん一人で切り盛りしていて、落ち着いた雰囲気だ。ヒロシはどちらかというと飲む時は静かな方を好む。仕事でバチバチして帰って来た時は、地元では特にゆっくりしたい。だから話に聞く昔よりも今の『キャロッツ』の雰囲気の方が合っている。


 今宵は常連客がヒロシ含めて3人いた。麻雀の話となった。この『キャロッツ』では、麻雀大会をやっていたこともあるらしい。常連客の一人は先代の母親から知っていて、夜遅くなるとこの店に雀卓を出してやったこともあると話した。ヒロシも中学の時から麻雀に浸ったことを話題にした。では、近々今宵の客3人とマミさん入れてやろう・・となったが、もう一人の常連客は暫くやっていないため無理だと言ってこの話はなくなった。


 ではと同じように4人でできることとして・・ゴルフの話に変わった。するとそこにマミさんがカウンター向こうからまた話に入ってきた。

「母がこの店をやっていた頃はね、良くこのお店でゴルフのコンペをやっていたの。」

「へぇー、今はやめちゃったの?」

「母が亡くなってからね。私も連れられて良くやったわ。」

「えっ、マミさんもやるの。じゃー、僕ら3人とマミさんで回ろうよ。」

「あらー、ありがとう。久しぶりにやってみたいわ。」


ヒロシは、早速、スマホを取り出して手慣れてた操作で予約サイトにアクセスした。

「おっ、来月のこの日はどう?」

あっさりと4人のラウンドが決まった。ヒロシにとっては、この店に通ってから店以外でマミさんとも客達とも遊ぶのは初めてある。

「後は、僕の方でゴルフ場に名前を登録しておくので、名前と連絡先を・・この紙にみんな書いて。」


3人の客がヒロシの渡したメモにそれぞれ書き、そしてそれをマミさんに渡した。マミさんもメモに連絡先を書いてそれをヒロシに渡した。

「うわー楽しみだわ。子供も手がかからなくなってきたし、これから少し自分の時間を作ってみたいわ。」

渡されたメモを見て、ヒロシは、おや?、と首を傾げた。

「ねぇ、マミさん。マミさんって、『愛実』って書くんだ。これでマミと読むの?」

「あれ、知らなかった? この店で働いた時から自然とみんながマミと呼ぶようになったからそう呼ばれているだけで、ほんとうは マ・ナ・ミ よ。マナミって読むの。」

「それは知らなかったなぁ。」

「愛が実を結ぶって願って母が付けてくれた。でも結局、親子二代、いや・・おばあちゃんも含めると三代、男と上手くいかなくって同じような水商売人生になっちゃった。」

「親子三代って?」

「おばあちゃんもスナックをやっていたのよ。やっぱりお客さんと出来て母が生まれたと聞くわ。」

「でも、『キャロッツ』の初代はマミさんのお母さんでしょ。」

「そうよ、ほら、あの絵。お客さんが書いてくれた母よ。」

指差す方向の壁には、いつも飾ってあるが気にも留めていなかったカウンターに立つふっくらした女性の絵がある。どことなくマミさんに似てなくもない。マミさんは続けた。

「おばあちゃんは目黒駅の近くで母とお店をやっていたの。そこがバブルが終わりかけた時に再開発で立ち退きになっちゃってね。そのゴタゴタでおばあちゃんは心労が重なって倒れちゃって。」

「それは大変だったね。」

「その後に母がこの物件を見つけて、それからここに移ってお店をやっているの。私も大学に入った頃から母を手伝うようになったけど・・、母も私が25才の時に突然亡くなっちゃった。」

「いや、知らなかったよ。僕はまだこの店では新しい方の客だからね。」


その時、昔からの常連客が懐かしそうに話した。

「いやー、ミエコママには俺たちが若い頃、ほんとうにお世話になったなぁ。」


ヒロシは、その常連の発言にドキっとした。マナミ、ミエコ、そして目黒・・。とめどもなく懐かしさがこみ上げてくる・・。

「あの・・、おばあちゃんとお母さん、最初から目黒でお店やっていたの?」

「母が親戚の家に居候していてね。そこで私は生まれたの。その後、母はおばあちゃんのお店を手伝うために私を親戚にそのまま預けたの。その頃は、西武池袋線のどこかの駅でお店をやりながら住んでいたいたらしいわ。私も小さい時、何度もそこに連れて行かれたけど・・良く覚えていないの。」


ヒロシは改めて壁のミエコママの絵をみた・・そして確信した。

「ねぇ、目黒のお店はなんという名前だったの。」

「『サワー Part2』という名前。変な名前ね。Part1はないのに・・。あら?、どうしたの・・」


ヒロシの目には涙が溢れていた。

「そうか・・ママもミエコさんも、もう亡くなっていたのか。マミさんがあの時のお子さんだったとは・・。」

キョトンとしている皆に、ヒロシは震える声であの『サワー』の話をした。


マミさんもヒロシの話を聞いてしんみりと言った。

「そうだったのね・・。確かに母が言っていたわ。昔、麻雀ばかりやっている悪ガキ達がいたって。ここは大人しい街でしょ。あの頃のような太々しい少年達がいなくて物足りないって。そして、あの少年達に随分と癒されたって・・。」


大人気なく流れる涙をふぐいながらヒロシは言った。

「今度、おばあちゃんとミエコさんの墓参りをさせてくれよ。ふたりに言ってやるよ。あの時の悪ガキはこんな風になったよ、ってね・・。」

「是非、お参りして下さいな・・。ねぇ、久しぶりに母が得意にしていたものを飲まない? お酒じゃないんだけど・・。」


そして、棚の奥から器具らしきものを取り出した。それは・・あの懐かしいサイフォンだった。

(了)

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人間模様12 いにしえのスナック herosea @herosea

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