ミエコさん
ヒロシ達が『サワー』に通い出した時、最初はママだけで店を切り盛りしていた。ヒロシ達が中学3年になったころ、ママの娘さんもお店を手伝うようになった。ママは店の裏の部屋に住んでいたが、娘さんも同居するようになったらしい。
娘さんはミエコさんという。とても綺麗な人である。ヒロシ達の憧れとなった。歳は20代前半、華やかな年頃だ。どうやら、元々は、ヒロシ達が『サワー』に来るようになった以前には、裏の部屋でママとミエコさんで住んでいたらしい。
その後、通っているうちに、ミエコさんは既にバツイチであることがわかった。ヒロシ達がお店に通い出したちょっと前に旦那さんと別れたと聞く。ということは、結婚して家を出て、別れて、戻ってきたということか。ヒロシは少年ながら大人の事情を少しみた。ミエコさんはそんな事情を背負っているからであろうか。パァっと華やかな女性だったけど、時々、目を落として溜息を吐く。ヒロシはその仕草にドキッとしていた。
ある時、店にはミエコさん一人、客もヒロシ一人の時があった。コーヒーを飲みながら、ミエコさんとヒロシは他愛もない話をした。
「ヤマモトくんには兄弟いるの?」
「3人兄弟だよ。男ばかり、僕は長男だよ。」
「えー、そうなの? 一人っ子かと思ったわ。」
「そう見えるかな・・。ここに来るダチではサカやんが一人っ子だね。オオタニ、カワモトとオカやんは兄貴がいる。そういえば・・、ここに来るダチには姉妹がいるヤツいないなぁ・・。」
と続けようとすると、ミエコさんが急に黙り、あの溜息を吐いたことに気が付いた。やり場のなくなったヒロシは、中学生ながらに背伸びして、ドラマで観たシーンのように大人ぶって問いかけてみた。
「どうかした?」
一瞬の沈黙の後、ミエコさんは今度は急に明るい表情に作り応えた。
「私にも子供がいるのよー。」
「えっ!」
「まだ、2歳にもなっていないわ。女の子よ。」
ヒロシにとっては大衝撃であった。
「でも、ここにはいないようだけど・・。」
「色々とあってね。遠くに住んでいる親戚に預けているの。すっごく可愛いんだから。」
ミエコさんが嘘をついてヒロシをからかう理由もないが、まだ少年のヒロシには信じ難かった。だが、暫くして本当のことだと理解することになる。
一週間ほどしてヒロシ達が『サワー』に来店した。ミエコさんと、ミエコさんよりは少し年上と思われる女性がいた。そして、幼児の女の子が一緒だった。
「あら、いらっしゃい。あー、あのね、千葉からきた私の従妹。そして・・、この子は、マナミ・・、私の子よ。」
ミエコさんに子供がいることは事実であった。女の子はまだ言葉はほんとうにかわいらしかった。以降、時折、この女の子を親戚が連れて来てお店でみることがあった。ミエコさんが子供をあやすところをみて、ヒロシは思ったものだ。
「ミエコさんは僕らにとってお姉さんと思っていたけど、いい感じのお母さんでもあるんだ。」
その後、さらにミエコさんの事情を知った。旦那は店のお客さんだったらしい。二人は付き合いだして間もなくして、店の裏の部屋で一緒に住み始めた。そしてミエコさんは妊娠した。だが・・旦那は出て行った。ミエコさんは、閑静な環境の親戚の家にしばらく移り住み、そこで子供を産んだ。そして子供を親戚に預け『サワー』に戻ってきた。旦那だが・・、旦那と呼んでいたが籍は入れてなかったらしい。ヒロシは、大人の深い事情に触れて・・またひとつ学校では教わらないことを実地で勉強した。
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