ちょっと変わったアイテムボックス利用方法・前編

「ココとココ、それからこの場所に置いてきたと報告を受けているな」

「巨大グモにスカルデーモン、それと初心者殺しのゴーレムが生息している場所ですね。了解しました。今すぐに回収、行ってきます!」


 テーブルの上に置かれた地図を指さしで確認しながら、順路を頭に思い浮かべる。目的地を確かめていたのは、王都の中央冒険者ギルドでダンジョン回収班という名の役職で働いているコットという名の青年だった。


 彼は、必要最低限の情報だけ上司から受け取った後、冒険者ギルドの建物から飛び出してダンジョンへ向かった。


 身体を覆うだけの革で作られた防具に、鉄で何とか誂えた簡素な剣を腰から下げて冒険初心者というような見た目。非常に身軽で動きやすさだけ重視したような装備のまま。胸元には冒険者ギルドの職員である事を示す赤色の羽飾りを身に付けていて、何とか所属が分かる程度の貧相な武装だけを済ませた格好である。


 コットは、それ以外には特に荷物を持ち込まない。薄暗いダンジョン内では必需品といえる松明や緊急時の回復手段だけを持って、食料すら準備していない。だけど、躊躇せずにダンジョンへ入っていった。はっきり言って、こんな装備でダンジョンに立ち向かうのは無謀だった。普通の冒険者なら。


 ダンジョンについての知識を多少でも持っている人がいたならば、そのような彼の行動を止めに入るだろうが、コットにとっては別に問題はなかった。


 というのも、彼はアイテムボックスという非常に珍しいスキルを身につけている。何もない空間に、手荷物から何から全てを収納して居るので、わざわざダンジョンに潜る準備をする必要もない。というよりも、準備は事前に済ませて万端の状態ですぐさまダンジョンに向かうことが出来るという理由があった。




 コットはダンジョンに一人で潜って、目的地へと向かう。あるものを、ダンジョン内部から回収するという仕事を受けて。




 その”あるもの”とは、冒険者の死体である。




 ダンジョン攻略に失敗してしまい、モンスターに殺されてしまったという冒険者の報告を受けると、ギルド職員であるダンジョン回収班の仕事としてすぐさま冒険者の遺体と遺品の回収に向かうという事情があった。


 人間の死体をそのままダンジョン内に放置してしまえば、内部の環境が悪くなってしまったり、死体がアンデット化してモンスターになってしまったりする。なので、速やかに冒険者の遺体を回収する必要があった。


 それから最悪の場合を想定して、冒険者狩りをするような殺人鬼についての調査も行う、という活動も必要だった。


 パーティー間でのトラブルの果てに、ダンジョン内部で殺人事件が起こっていた、という記録も残っている。


 そういう事件について調べる為にも、ギルドは冒険者登録している者の死亡報告を受けた場合には遺体をダンジョン内に放置するわけにはいかなかった。回収に行き、現場検証を済ませる。


 ギルドのダンジョン回収班として働いているコットは、仕事を受けてダンジョンに潜るのだった。





***





「この辺りに、……っと、発見」


 上司から指示された場所まで、ダンジョン内部をソロで探索を進めてきたコット。地図を頼りにして目的地を目指し、冒険者の遺体を探しに来たのだ。


 報告されていた場所に人間の亡骸を発見した。焦らずにまずは、不用意に近寄らず周辺の情報を目で確認していく。


 モンスターの気配を近くに感じないか警戒をしつつ、薄暗い空間を息を潜めながら素早く進む。もしかすると、冒険者を殺害したモンスターがまだ潜んでいる可能性もあるから。モンスターではなく、人間という可能性もある。


 とにかく、色々と危険だった。用心するに越したことはない。


(モンスターの気配は無し。人の気配も感じないな。よかった、死体アンデット化の問題も大丈夫そうだ)


 今回の任務では、3名の遺体を回収することになっていた。


 事前にもたらされた情報が正確ならば、別の3グループから1人ずつが脱落して、計3名の冒険者がモンスターにやられて死亡したという事だった。


 モンスターの気配に十分注意しながら、周辺には罠の可能性も考慮して、近くには人間が居ないかどうかも慎重に確認していく。ようやく安全を確保出来たと、確信を得てから亡骸へと近づく。


 冒険者からギルドへの報告が遅くなってしまった場合、回収も遅れたりして最悪の場合には、死体がアンデット化している危険性もある。


 回収が完了するまで、いつでも気が抜けない。


(今日は大丈夫か。余計な仕事も無さそうだ)


 ダンジョン内にいるモンスターは、とういう訳か食事を取ろうとはしない。


 その為、死体を放置していても身体が食われる心配は無い。だが、時々いたずらのように遺体をバラバラに散らかされている時もある。そんな時は、発見できる限りの破片を回収する必要があるので、回収には時間がかかる。


 けれど今日は、ありがたいことに何の問題もなく綺麗なままだった。すぐに回収を完了させることが出来たのだった。


「収納っと」


 土の地面に横たわる、胸元がざっくりと切られて息を引き取った、冒険者の遺体に手を伸ばす。冷たくなった身体にピトッとコットの指先が触れた。


 次の瞬間には、コットの持つアイテムボックスの空間に収納される遺体。


 無事に回収が完了して、半分の仕事は終わった。後は、その回収した遺体を無事に地上へ連れ戻すだけだった。

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