あべこべな彼女
「ねぇ。放課後、ちょっと付き合って」
幼馴染である彼女が昼休みの時間、教室の後ろの窓際にある僕の席の前まで来ていきなりそう言った。
混乱している僕は、その時には気付かなかったが、教室にいた生徒のみんなが僕と彼女のやり取りを唖然としながら見ていた。
「へ? あ、え? あぁ、分かった、いいよ?」
突然の訪問と言葉に混乱しながら、僕はそんな返事をするしかできなかった。
そんな僕のへんてこな返事で満足したのか、彼女は笑顔を浮かべる。そして、身体をくるりと回すと部屋から出ていった。彼女は隣のクラスの生徒であるから、教室に戻ったのだろう。
しばらく部屋の中は静寂が続いた。次第にざわざわと周りが会話する声で騒がしくなってくると、友達の結城が近くへと駆け寄ってきて聞かれた。
「なぁ、佐伯さん。お前に何の用だって?」
結城が聞くが、僕にはまったく見当もつかなかった。
「さぁ?」
「いや。さぁって、お前な。佐伯さんの人気知ってるだろ? 教室中みんなの注目の的だったぞ。隠さずに教えてくれよぉ」
「いま、マジで分からん」
「へー、ふーん」
僕の幼馴染の佐伯京子は、学園のアイドルといってよい、素晴らしい容姿を持っていた。それなのに、誰とでも気軽に仲良くするし、幼馴染の僕ともよい感じの関係を保ってくれていた。
だから、みんなから特別な人気があり、男子からの少々の嫉妬の感情を受けていることもあった。だが、周りから羨まれるような関係ではない。幼馴染なだけで、恋人という訳ではなかったから。
そんな彼女が、一体放課後の時間に付き合って、とはう何の用事なのだろうか。
それから放課後までの授業時間中、彼女の言葉が脳内を繰り返しめぐり、いったいどんな用なのか、頭の中であーでもないこーでもないと考えてみた。
もしかしたら、好きだという告白されるんじゃないかと思った。僕と京子との関係は、良好といっていいと思う。幼馴染という関係の強みがあるし、僕も彼女に対して少し強気でいられる。
しかしこうも考えられる。もしかしたら、好きな人ができたんだと打ち明けられるのではないか。そっちの方が現実味がある。そう言われた時、僕はどうしたらいいのだろうか。
期待と不安だけが残り、結局答えは見つからなかった。
授業が終わり、彼女は朝と同じように突然教室にやってきた。前の席の扉がバンと開くと、授業の先生と入れ替わりに入ってきて、すぐさま僕の席までズンズンと進むと、いきなり僕の腕を掴んだ。そのまま出口まで引っ張られた。
「ちょ、ちょっと。まだ帰る準備が…」
「急ぐの。屋上に行こう」
彼女に腕を掴まれながら、そのまま廊下を進み階段を上がった。ギイと錆びついた扉を開けると、そこから風が吹きだし重い扉が一気に開く。そして、学校の屋上まで来た。今は誰もいないようだった。
僕たちは奥のフェンスまで近づいた。そして、そこから下校途中の学生や部活動を始めようかとしている人たちが集まっているのを、なんとなしに彼らの様子を見つつ話を始めた。
僕はかなり緊張をしながらも、それを隠そうとしながら聞いた。
「それで、話って何?」
彼女はためらいながら、言った。
「今日起きてから、みんながおかしいの」
「おかしい?」
「……」
一言目で分かった。どうやら、恋の告白ではないようだった。内心残念に思いつつ彼女の話の続きを促す。
「それで、どうおかしいの?」
「うん、男子ががさつになって、女子がお淑やかになったの」
「え? それがおかしい?」
「それに男子がエロくなって、女子がエロを恥ずかしがるようになったの」
「ん? うん、そう、だね。おかしい?」
僕には何がおかしいのかがわからなかった。
「他にもいろいろあるんだけど、なんだか女と男があべこべになったみたいなの」
「はぁ……、えっと、あべこべ?」
僕の気のない返事に、業を煮やしたのか彼女はいきなりスカーフをスルッと解くと、脱ぎ始めて、上半身裸になった。
「ちょ、ちょっと!」
「これでも信じない?」
逸らそうとしても自然と胸へと目が向かってしまう。肌色にピンクの突起が見えたような気がした。のーぶら?
瞬間、僕は無理やり体をあさっての方向に向けて彼女に言う。
「わ、分かったから。服着て!服!」
がさごそと彼女の衣服の着る音だけが、妙に耳に聞こえてくる。
「もう着たわよ」
「う、うん」
僕は視線を彼女に戻した。なんだかもったいないような妙な気分を感じて、こんな時なのにエロ思考をする自分が情けなく感じると思うと同時に、彼女がおかしい事を認識した。
「だから、上半身ぐらい見せるのが当たり前だと思ってたのに、義隆みたいにみんなが慌てふためくの」
「え? そりゃそうだ。いきなりだったからびっくりしたよ。というか、ほかの人にも見せたの?」
みんなが慌てふためくと言った、ということは、どこかで同じように服を脱いだのかもしれない。僕は冷や汗をかいた。彼女の綺麗な姿を、他の男子に見られた。それは嫌だった。
「今日の体育の時間に、着替えようとしたら周りの女子が止めてくれたの」
「あぁ、そうなの」
かなり安心した。京子の裸を男子が見たなんて聞いたら、見た男子が存在していたなら、かなり嫉妬するだろう。
「って、僕には見せて平気だったの?」
「だって信じないんだもん」
いや、たしかに。言葉だけじゃ信じられなかったかもしれないが、先ほどのは心臓に悪い。
「それで、いつからおかしいと思い始めたの?」
「おかしいと思ったのは、なぜか家にある学校の制服がスカートしか無かった事と、朝学校に来る時に男子の服装がちょっと変だなって思ったかな。ハッキリと分かったのは、午前にあった体育の時間の着替え。いつもなら男子が使ってる更衣室を女子が使うなんて、おかしいじゃない」
女子が更衣室を使うなんて当たり前が、彼女の当り前じゃくなっている。
「う~ん、今日の朝からおかしかったという事か。それで原因は何か思い当たる?」
「わかんない、昨日は普通に眠って、今日も普通に起きたし」
原因がわからないということは、治し方は見当もつかない。
「京子にとって、さっきみたいに服を脱ぐのは当たり前なの?」
「うん、脱ぐくらいなら当たり前。それよりも男子の服装のほうが目に毒だわ」
目に毒といわれても、僕にとっては当たり前なのだが。
「男子が胸にサポーターを着けてないのに、シャツ一枚で胸が見放題なのよ」
「ふ、ふーん」
僕は京子に、男と女と価値観が全く逆転していることをかなり詳細に解説された。
ところで、なんで僕に相談なんかするのだろうか気になった。こういうのは同性のほうが相談しやすそうな感じがするが。
「なんで、僕に相談なんか?」
いくら考えてもわからないので、本人に聞いてみた。
「だって、友達に相談するのも、頭おかしいって思われるかもしれないんし」
「じゃあ僕に相談したのは、幼馴染ってことで?」
彼女はびっくりしながら、僕に衝撃の一言を投げかけた。
「へ? 彼氏としてよ」
学園のアイドルだった佐伯京子は、いつの間にか僕の彼女となったらしい。
あべこべな彼女として。
【短編】あべこべな彼女
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