錬金術師コスプレイヤー
「目線、お願いします!」
「はい」
「剣を構えるポーズ、お願いできますか?」
「はいー」
「次、コッチお願いします!」
「はーい!」
イベント会場の一角に、カメラを構えた人集りが出来ていた。彼らは、コスプレをした一人の青年をフィルムに焼き付けるために熱心にシャッターを切っていた。
カメラを向けられている青年というのが、僕だった。
今日のイベントのために用意した服装と装飾品の数々で着飾って、某有名アニメの主人公である戦士のコスプレをしている。
本物の鉄を使った西洋甲冑で、アニメの再現通り甲冑の表面には花を模した装飾が施されているなど芸が細かい。ただのコスプレとは思えない、非常に華美で仰々しい仕上がりだ。
周りに居るカメラマンからは「クオリティー高けぇ」「今回もアルケミさんのコスプレ、スゲェな」という評価の言葉が僕の耳に聞こえてきている。
他のコスプレイヤーからは、尊敬するような眼差しを向けられるほど。嫉妬されるような視線も向けられたりするが、注目を集めているということ。僕のコスプレは、そんな評価を得ていた。
カメラマンからの呼びかけに返事をしながら、要求されるポーズをしてみたり、声のする方へ視線を向けてみたりして撮影に応じていた。
囲み撮影は白熱して、人の輪もかなり大きくなってきた。そろそろ移動したほうが良いかという判断で、僕は近くに居たスタッフの方に視線を向ける。
すると、すぐに僕の視線に気が付き頷く男性スタッフ。
「カウントかけまーすっ、3、2、1、ハイッ! 解散でーす」
「「「ありがとうございました」」」
そう言って、行儀よく散り散りになって行くカメラマン達。他のコスプレ被写体を求めて場所を移動していったようだ。残ったのは僕と、対応をしてくれたスタッフ。
「整理ありがとうございます」
「いえ、撮影お疲れ様です」
カメラマン達を誘導してくれた男性スタッフにお礼を言ってから、別れた。今日の撮影は十分だろうと満足した僕は、更衣室へと戻ることに。周りの反応から、本日の営業も大成功だろうと確信していた。
この後に顧客から送られて来るだろう注文を考えると、新しい仕事が増えるだろうという事に嬉しい思いと、少し仕事するのが面倒だという気持ちが湧き上がる。
僕はコスプレイヤーをしながら、コスプレ用の衣装や小物の制作等を請け負って、生活をしていた。今日の活動は商品の営業だ。
たった今、行われていたようなコスプレ会場に赴いて、作った作品を自ら身につけ見本となる。イベントで僕の姿を目にした人から噂になって、他のコスプレイヤー達から制作の注文が入ってくる、という寸法だった。
突然だが僕は転生者である。前世では錬金術師をしていて王国に仕える兵士の一人だった。そんな記憶があり、生まれ変わり異なる世界にやって来た今世でも、不思議なことに普通に錬金術を使うことが出来ていた。
前世で身につけた錬金術の妙技を駆使すれば、今の僕だったら素材さえ用意すれば食料から水、武器やゴールドまでを自由自在に生み出すことも可能だった。食糧問題から資源枯渇というような今の世界にある問題について、解決する手助けができる力を有している。
不治の病気であっても瞬時に回復することが出来るエリクサーの製剤、更には賢者の石を用意すれば永久機関としてエネルギー問題を解決することも可能だろう。
だがしかし僕は、錬金術という技術を身につけていながら世の中に溢れている問題を解決するというような正義の味方だったり、救世主になるつもりは一切無かった。
どうやら、この世界では錬金術というのが今はもう無くなった技術であり、過去にあった歴史の話でも登場してくるが架空の技術だと言われているらしい。今では科学という名前で知られている。そして、僕の知っている錬金術とは少し違う。
僕の知っている錬金術というのは魔力を働かせて物体を変質させていく、今の世界ではあり得ない、空想と言われている力を使う。
魔力を使わなくても、錬金は可能だけれども手間が掛るので錬金術を行うには基本的に魔力を使う必要があった。
この世界にも普通に魔力が存在している。僕以外にも魔力を有しているような人間が居た。けれども、その魔力を行使する技術が知られていない。魔力という存在も、空想の技術だと否定されている。一般人には周知されていない秘匿された技術なのか、それとも世界中の誰もが知らないだけなのか。
ただ今まで僕以外に錬金術はおろか、魔力を駆使する人間と出会ったことは無い。どうやら僕は、この世界でたった一人の錬金術師なのかもしれない。
という訳で数々の問題を解決するためにと思って活動しようにも、この世界で未知の技能とされている錬金術を行使しようとするならば、まず信じてもらう必要があるだろう。
色々と考えてみた結果、錬金術という技術をこの世界で公にする考えは無かった。面倒だし。
ただし、せっかく前世で苦労して学び研究して身につけた能力を使わないのは勿体無い。そう思っていた。
話は変わるが、僕がこの世界の日本という国に生まれてきて強い関心を持ったのがアニメやゲームといったサブカルチャーだった。
興味を持ったのは、前世を思い出させるファンタジーなストーリーが有るアニメというのがあると知った事から。
自分と同じような境遇、違う世界へと転生するという同じような状況が描かれているのを知って、調べてみようと思ったのがキッカケだった。もしかしたら自分と同じ状況に置かれている仲間が居るかも知れない、実体験から作られた話なのではないだろうか、と疑って調べ始めた。
すぐに作家が生み出した空想の話なんだと判明した。僕と同じ状況に陥った仲間、というのも居ないらしい事が判明。
けれど作られた話は面白かった。アニメの面白さを知った僕は、それからアニメを見始めるようになり、ラノベにゲームと徐々にサブカルチャーと言う文化にハマっていった。
仕事も映像関係に関わろうと考えてみたけれど、錬金術を振るうシチュエーションに見当がつかない。
ものづくり、ゲーム制作、小説家、美術スタッフになるにしても、錬金術という力をどう駆使するべきなのか。使うにしても活躍しようとするならば説明が必要になるかもしれないし、そうすると仕事どころではなくなるかも。
色々と面倒だった。
そして、考えに考え抜いた結果。個人でコスプレの衣装や小道具の制作を請け負う商売をしよう、という考えに辿り着いた。
錬金術で作った衣装、装備、装飾品というモノの需要が高かったから。クオリティの高い商品、鎧や剣といったものを作ろうとしたらなら多種多様な制作道具が必要だったり、大規模な設備が必要なものもあるだろう。
だが錬金術を使えば素材と魔力さえあれば、簡単に商品となる衣装や小道具を創り出すことが出来る。素材はインターネットのショップから簡単に買うことが出来る。後は錬金するだけ。制作期間もあっという間、という利点もある。
クオリティーが高くて、仕事も早い。料金も手頃ということで非常に評判で、僕は顧客から注文を沢山受けている。これで、生活していくのに十分な報酬を得ることが出来ていた。
アニメやゲームに登場する道具を自分なりに考えて、錬金術で色々と再現するのも楽しかった。
そして、僕の錬金術製である作品を知ってもらう宣伝のために始めたコスプレも今では趣味の一つとして楽しんでいる。
コスプレ衣装というのはコチラの世界では非日常的な格好だけれど、僕にとっては結構馴染み深くて、コスプレ衣装の方が落ち着いたりする時もある。
錬金術師としての格好をしてみてもコスプレだからという説明をすれば納得もしてもらえる。ということでコスプレをするのも趣味の一つとなった。
コスプレ衣装・小道具制作とコスプレイヤーという仕事は、錬金術が自由に使えて好きな格好ができる。趣味と実益を兼ねる、僕にとっての天職という訳だった。
【短編】錬金術師コスプレイヤー
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