あべこべ世界でエロ漫画家として頑張る・後編

 朝支度を終えて、早百合が用意してくれた朝食を食べた後。早速タケルは自宅に有る作業部屋に入り、仕事に取り掛かろうとしていた。立派な机に座ってから原稿用紙を目の前にして筆記用具を握っている。これから彼はネームを描くという作業を執り行おうとしていた。


 そう、タケルの仕事というのは漫画家だった。


「それじゃあ、皆さん。今日もよろしくおねがいします」

「「「「お願いします、先生」」」」


 その部屋にはタケルの他にも早百合に萌水、その他にも何人かの女性が居て彼の口にした言葉に応えてくれていた。彼女達は、漫画家をしているタケルのアシスタントとして付いてもらっている女性達だった。


 作業部屋に居る男は1人、タケルのみ。その他のアシスタントをしている皆が女性であり、仕切られた机に並んで座りながら紙を目の前にしてペンを握り作業をしていた。


「今日の午前中にネーム初稿を仕上げて、午後からは編集者との打ち合わせ。時間は大丈夫かな」


 本日の予定を呟きながら確認しつつ、スケジュールが迫りつつ有る連載中の漫画のネーム作りに入る。アシスタントの女性達には同時に掲載している作品については、ペン入れが既に終わっているモノ、後は仕上げにベタ塗り、トーン貼り、効果線等を入れるという作業についてを指示して行ってもらっていた。


 作業部屋の中、皆は静かでカリカリと紙に書き込む音。他に聞こえる様な音も特になく皆が集中して作業に取り掛かっているのが判る。そして時折、作業確認のために会話をしたりもする。その時に聞こえる声ぐらいの音だった。


「あ、あの。先生、ちょっと相談が」

「どうした?」


 アシスタント女性の1人が遠慮気味に、しかし困ったという表情を浮かべて作業中であった紙を手に持ち、タケルへ相談しに来た。


「ここを、どう塗ればいいのか迷ってしまって」

「なるほど、ここは」


 女性が指差している、どうするべきか相談した箇所というのは男性の性器についてだった。


 そう、北島タケルの描く漫画は少年少女向け等ではなくて、ガッツリと成人向けに描かれたエロ漫画だったのだ。



***



 午前中の作業を終えて午後の編集者との打ち合わせ。タケルの自宅にある作業部屋にやって来た編集者である女性、仲里咲織なかざとさおりは彼が午前中に仕上げたネームのチェックを行っていた。


「はい、バッチリオッケーです。これは下絵に入ってください」

「了解しました」


 何箇所かの訂正は入ったものの、大きな変更はなく笑顔の承認がおりて予定通りに次の作業へと移ることができてホット一息つくタケル。


 その後、進行中の雑誌連載の漫画について進捗状況やスケジュールを確認したり、近々発売される予定の新刊についての話をしたり、出版社に送られてきていたというファンレターを渡されたり、といった打ち合わせが行われた。そんな話し合いが行われて終盤に差し掛かった頃、タケルが確認するように咲織に尋ねた。


「ところで、以前僕が出した漫画の企画はどうなりました?」

「あー、それはですね、えっと」


 タケルが出した企画というのは、性描写の無い一般向けの漫画だった。以前、提案された企画について尋ねられた咲織は、どう話すべきか迷い言い淀んでいる。


「やっぱり、駄目でしたか?」

「ハッキリ言ってしまえば、駄目でした」


「そうですか……」


 言いにくそうにしている、咲織の様子から状況を察したタケル。そして、編集者である咲織からバッサリ切られてしまい落胆する。


「で、でも成人向けの企画なら幾らでも通せますから大丈夫ですよ! 需要はあります」

「ありがとうございます」


 咲織のフォローが入り、少しだけ気持ちを立て直したタケル。漫画家として連載を持って描けているだけマシだと、心底理解していたから。


 前述の通り男性の数が極端に少ないこの世界では、男性の漫画家なんて過去を含めてみても数えるぐらいしか居ない、しかもエロ漫画家なんてタケル以外に皆無という状況だった。


 北島タケルという男性のエロ漫画家は、女性エロ漫画家では描けないリアルな男性の性器の描写ができるというアドバンテージがあった。


 男の存在が貴重であり守られているこの世界では、エロの資料にできるような男性に関する性的な情報の流通が少なくて、入手するのが実は難しかった。だがしかし、タケルは自身で資料に出来るモノがあるし他の女性に比べれば圧倒的に見慣れているので、漫画にして描ける。


 それに実は前世でも漫画家をしていたタケルは、圧倒的な経験と培ってきた技術があるので絵も他の漫画家と比べ平均水準を大きく超えて上手かった。


 前世で彼が生み出した作品はヒットして、アニメ化する程度には人気も得ていた。その後に続くヒット作が生み出せずに、いわゆる一発屋と言われるところで終わってしまったのだが。


 ともかく、男性エロ漫画家であり、他にはないリアルな性描写、そして普通に絵も上手。そんな彼の作品は既に多くのファンを得ていたので、各雑誌社から引く手あまたというような状況。


 彼の書いた最初の成人向け漫画が類を見ない売れ方をして売れすぎてしまって、今では一般向けの漫画ではなく、唯一と言っていい男性漫画家である北島タケルにしか描けないような漫画、つまりは成人向けを求められるようになってしまった。


 その結果、彼が当初考えていた状況とは違って成人向け漫画を描くエロ漫画家として求められるという予想とは違う難儀な状況であったものの、とりあえずココまで来てしまったのだからタケルは、一般向けの漫画連載を狙いつつも、エロ漫画家として成功しようと頑張っているのだった。




【短編】あべこべ世界でエロ漫画家として頑張る

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891640595

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