恋愛

婚約破棄に至る病・前編

「オリヴィア、貴様との婚約を今ここで破棄させてもらう!」


 今年で学校を卒業する学生たちが、卒業する事を記念するパーティが行われている最中の事だった。先の発言をしたのはディートリヒ王子。そして、言葉を向けられたのはオリヴィアという名の女性、王子の婚約者だった。


 パーティーが始まってしばらく経った後の、参加者達が各々で歓談している最中に起きた出来事。


 将来、この国でトップに立つであろう人物。王位継承順位第一位であったディートリヒ王子の動向は、パーティでも皆の注目の的であった。だから、そんな彼の放った言葉は参加者達、皆の耳にも当然のように聞こえている。


 そのため、卒業パーティーの時間は一時ストップ。会場がシーンと静まり返った。ディートリヒ王子は、皆の注目が集まっていることを知りながら笑みを浮かべる。


「まさか、そんな……!?」


 王子から婚約破棄を告げられたオリヴィアは、傍から見ても分かるぐらいに表情を青ざめて動揺し、ディートリヒ王子から視線を外さず凝視していた。


「貴様との関係は今日ここで終わりだ。私は、今日から彼女と人生を共にする」

「オリヴィア様、申し訳ありません」


 狼狽えるオリヴィアを見て、計画通りに彼女を痛めつける事に成功したと勝ち誇る王子。そして、側に寄り添う若い女性は謝る言葉を口にするけれど、その表情からはオリヴィアに対しての優越感がにじみ出ていた。


 王子と新しい婚約者を名乗る女性から、醜悪な表情を向けられるオリヴィア。けれども、彼らの態度には一切傷ついてはいなかった。むしろ、驚きながらも同情の感情を彼らに向けている。


「だ、だれか。お医者様を呼んできて」


 そして、オリヴィアは婚約破棄を告げられた事を嘆くのではなく、今すぐにこの場に医者を呼んでくるようにと周りにいる誰かにお願いした。


「なに? オリヴィア、貴様何を言っている。ソレよりも、まず貴様の今まで行ってきた罪を清算するのだ!」


 何故、今この場所に医者を呼んだのかと不審に思う王子だった。だがしかし、彼女の行動を気にしないようにして、さっさと話を先に進めようと王子は語りだした。


「お前は今までに、ここに居るアリス嬢に嫉妬をしてイジメを行ってきた。その罪を今ここで謝罪しろ」

「いいえ、ディートリヒ様。そんな事実はありません」


 王子から告げられた話を、完全に否定するオリヴィア。しかし、彼女の表情からは申し訳無さの感情があると読み取った王子は。彼女が嘘を付いていると決めつけた。自らに対する責任を避けようと、知らんふりしていると信じて疑わなかった。


「今までのアリス嬢に対する悪質な行いを、言い逃れをする気か!」

「オリヴィア様、王子の言葉を否定なさるのですか!?」


 オリヴィアを責める王子と、便乗して責めるアリスという名の女性。だがしかし、責められているオリヴィアは怯まない。


「言い逃れする気なんてありませんよ、ディートリヒ様。私は、そこに居るアリスという女性を知りませんし会うのも初めてです。何故、知りもしない御方に嫉妬の感情を向けるというのでしょうか?」


 オリヴィアの知らないという言葉は、嘘偽り無く本当の事だった。卒業パーティーに出席している事から推測するに、自分と同じ学園に所属する学生らしいけれど彼女の姿に見覚えはなく、名前も聞き覚えのない女生徒だった。


 アリスがどこの誰なのか、知りはしないオリヴィア。


「ふん。言い逃れをするために名を知らないと、貴様は嘘を言っているだけだろう。それに、名なんて知らなくても嫉妬心を向けることはあるだろう」

「そうよ、オリヴィア様。貴方は、王子に強く心を惹かれていたのでしょう? 彼の心が私に向いたから嫉妬したのよ」


 何が何でも自分を悪者にしたいらしい王子と、自信満々に言い切るアリス嬢の言葉に絶句するオリヴィア。


「……」


 そして彼女は何を語っても無駄なんだと悟り、黙って彼らに視線を向けているだけだった。そんなオリヴィアに向けて、今まで行ってきたらしいという悪事をツラツラと語っていく王子。


 持ち物を隠した、呼びかけを無視した、階段から突き落とした等など。もちろん、オリヴィアには全て身に覚えがないことだったが何も言い返さない。


 そんな事をしている内にパーティー参加者の誰かの呼び出してやって来た医者が、呼び出しをお願いしたオリヴィアの元に駆けつける。


「お医者様、ディートリヒ王子が……」

「なんと!?」


 呼ばれて来た医者にオリヴィアが事情を説明する。突然にこんな場所で、婚約破棄を告げられたという事情を。そして、彼女から説明を受けた医者は驚いて王子を凝視する。


「おい、今は私とオリヴィアで話し合っている最中だ。関係の無い者は退いてもらおうか」

「そうよ、おじさんはあっちに行ってて」


 やって来た医者に向かって、立ち去るように王子が命令する。それに乗じるようにアリスも追い払うようにシッシッという手の動作を医者に向ける。しかし、医者は眉をひそめるだけで聞き入れない。


「恐れ多くも王子よ、事態は非常に深刻なのです。落ち着いて、しっかりと私の質問に答えてください」


 それどころか逆に真剣な眼差しで何事か起きているのだと、それ調べる為に質問に答えるようにと王子は告げられた。そして、アリスの存在は完全に無視されている。


「まずは、貴方の名前をお聞かせ下さい」

「何をバカなことを聞いている?」


「大事なことです、お答え下さい!」


 分かりきったことを何故聞くのかと、王子は不快な気持ちになって拒否しようとしたが、医者は語気を強めて詰問する。


「うっ! ……私の名は、ディートリヒだ!」

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