派遣受付嬢による冒険者ギルド立て直し・前編
冒険者ギルドの受付嬢であるマリベルは、仕事を受けて今日は北の大地にある街のマラアイという所に派遣され、やって来ていた。
「ふぅ、やっと着いたわ」
街に到着するまでに、二日も掛かった。乗合馬車に朝から晩まで一日中揺られて、ようやく到着した場所で、彼女は疲れた溜息をついた。
派遣先となった冒険者ギルドに訪れるための移動だけでかなり疲れたが、この後に仕事をしないといけない。冒険者ギルドの受付視察と業務改善をしないといけない、もっと大変になるかも知れない仕事が待ち受けている。
ただ、この派遣受付嬢の仕事は女性で働いて得られる給料としては最上級と言われているぐらいに貰える額が多いので、辛さにも耐えて仕事が出来てしまう。頑張った分だけ、しっかりと報酬を頂ける。
「よし、頑張りましょう」
自分を鼓舞する言葉を吐いて、マリベルは街の中にある冒険者ギルドへと向かう。今日中に、とりあえずはギルドの受付の状況をある程度は把握しておきたい、と頭の中で予定を立てていく。
しかし、彼女の思惑は大きくハズレる事になった。
「な、な、な、な、なんなの、この建物は!?」
冒険者ギルドの建物を見つけて中に入ってみれば、マリベルは絶句してしまった。まず外観がボロボロで、人の気配を感じられず廃墟に見えた。そして建物内に入ってみれば、また驚いてしまった。建物の中が非常に不清潔すぎたからだ。
床は何ヶ月もモップがけをしていないような、床の木目が見えない程に泥で汚れてドロドロ。
棚やテーブルの上には溜まりまくったホコリがコンモリと積もって、しかも空気中に舞っているようにも見える。
極めつけは、部屋の天井や隅に蜘蛛の巣が張っているのを放置しているだなんて、マリベルには理解できない状況だった。
コレが天下の冒険者ギルドの建物なのか!? とマリベルには信じられない気持ちで一杯になっていた。
「何か用かい? お嬢ちゃん」
男性の呼ぶ声が聞こえていたが、自分が呼ばれている事に暫く気付かずに立ち尽くしていたマリベル。ハッと気を取り戻して呼ぶ声の聞こえた方へと視線を向ければ、男性が冒険者ギルドの受付の席に座っていた。
マリベルは再び信じられない光景を目にして目眩がした。もしかして、私は冒険者ギルドの建物とは違う所に入ってきたのか、事前に聞いていた情報を間違えて迷ったのかと自分を疑った。
でも、表には間違いなく冒険者ギルドを示すボロボロの看板が掲げられていたのを確認していた。はずだ、たぶん、きっと……。
「冒険者への依頼なら、ここで話を聞くが?」
ようやく視線を向けてきて話ができる体勢になったと思った男が、マリベルに問いかける。
「ここは冒険者ギルドですか?」
「あぁ、そうだが。表に看板を掲げていただろう。見てなかったのか?」
やっぱり、そうなのか。否定されるのを期待して問いかけてみたが、冒険者ギルドで間違いはなかったようだ。テーブルに肘を付きながら受け答えする男に、マリベルは怒りを感じながら質問を続ける。
「あのッ! 受付嬢は?」
「受付なら俺がしているが」
いや、それはオカシイでしょ! あんた、男じゃないですか! マリベルは心の中で叫んだ。
冒険者ギルドの受付嬢は、原則として女性が務めるべしと決まってある。その理由は、冒険者ギルドを訪れてくれた依頼人に対して、心理的圧迫を和らげるために話しかけやすいようにと女性を配置しているのが1つ。
それから数少ない女性の為の働き口を確保する為に、というのがもう一つの理由。勝手な判断で受付に男性を置いてはならない。冒険者ギルド全支部に適用されるべきルールだ。それなのにココではごく普通に何食わぬ顔で男が座っていた。事前に申請も無かったはず。
あ、いや、もしかしたら今は何か事情があって、緊急で代わっているだけなのかも知れない。マリベルは一縷の望みをかけて、その男性に尋ねた。
「あのー、女性の受付嬢は?」
「はぁ……? 女性の受付は、数ヶ月前に辞めたが」
マリベルの問いかけに対して、ナニ言ってんだコイツ? と男は呆れた顔で返答していた。
いやいやいや、その顔をして良いのは私の方だろッ! そっち側がして良い顔では決して無いはず。マリベルは頭が混乱しそうになったが、冷静に、心を落ち着かせて状況を聞き出そうと努力した。
「新しい受付嬢は雇わないのですか? もちろん、男性の貴方ではなく女性の受付嬢を」
「求人は出したんだが、新しい人が来なくてな」
男の返答を疑問に思うマリベル。女性の働ける職場なんて娼婦ぐらいで本来少なくて、どの街でも受付嬢の仕事は人気の筈だから。求人を出せば少なくとも1人は来て当たり前のはず。
それなのに、新しい人が来ていない?
「何故です?」
「いやー、前の受付嬢が冒険者から嫌がらせを受けたって言って辞めて行ったんだが、その噂を街で広めやがってねぇ、やりたがる人間が居なくなったんだ」
マリベルは今日何度目かの目眩に襲われた。いや、これは困惑の目眩ではなく怒りによる目眩だ。彼女は怒りに震えた。
「ギルドマスターは、こんな状態になるまで放置しているなんて何をやってたんですか!? 無能ですかッ!?」
本来ならば受付嬢の立場を守らないといけないのは、ギルドの責任ある立場に居るギルドマスターだ。それなのに受付嬢が嫌がらせを受けて、辞めて出ていくままにするなんて。
彼の話によれば、受付に男性を置いたまま何ヶ月も経っているらしい。
しかも! 派遣されてきた私が状況を知らないということは、ギルドマスターは今の状態について本部に報告すらしていない。
「誰が無能か!」
「貴方、ギルドマスターなの!?」
マリベルの言葉に反応して激昂する男、彼がギルドマスターだったらしい。
その反応を見て、マリベルは受付に居た男がギルドマスターであったことを知る。そんなまさか、ギルドマスターが受付嬢の仕事をしているなんて予想外で、世も末だと驚いたマリベル。
「何でギルドマスターが受付をしているんですかッ! そもそも、受付嬢が辞めていったという問題が起こった時点で、然るべきところに報告するべきでしょう! 貴方がするべき事をしないで、しないでいい事をやっている。無能という言葉がバッチリお似合いでしょうよ!」
「う、うぐっ」
マリベルは、真っ直ぐストレートに言葉を叩きつけるようにしてギルドマスターを批判した。そして、マリベルに何も言い返せないギルドマスターは表情を歪めて唸るだけ。
「とりあえず、貴方は受付嬢が辞めてしまったという出来事について、状況の詳細を報告書にまとめて本部に報告して下さい。被害者は誰で、加害者は誰なのか。どんな嫌がらせをされて、貴方が何を放置したのか。一切合切、嘘偽り無く、全て本当の事をしっかり嘘偽りなく知らせて下さいね」
「う、うむ」
何の抵抗もできずに、受け入れるしか無いギルドマスターは返事をするのがやっとだった。
そしてマリベルの態度にビビりながら、ずっと気になっていた事について、気力を振り絞ってギルドマスターの男が尋ねた。
「と、ところで……、お前さんは誰なんだ」
「挨拶がまだでしたね。私は、派遣受付嬢のマリベルです。とりあえず、今日は私が代わりにに受付嬢を務めます。貴方はすぐに報告書の作成に取り掛かって」
初日から災難だと、ため息をついたマリベルは箒を手に取って、建物内の掃除から始めるのだった。
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