派遣受付嬢による冒険者ギルド立て直し・後編
本来マリベルの仕事は、その土地の冒険者ギルドで受付嬢をしている人を視察して、必要なら指導を行い業務改善を実施することだ。それなのに、このギルドには視察するべき相手も、指導を行う相手も居ない。
しかもマリベルは受付の仕事をする前に、何故だか冒険者ギルドのある建物の掃除を行っている。誰も掃除する人が居ないから、自分でやるしか無い。マリベルには、建物内が汚すぎて放置が出来なかった。
「ふぅ、こんなもんかな」
蜘蛛の巣を落として、ホコリを上から下へと払い、モップを掛ける。それだけで、だいぶ見てくれはマシになった。少しだけ掃除をすることでマリベルの気分も晴れた。
だがしかし、次の瞬間には再びマリベルの気分が落ち込む状況になってしまった。
「お! なんだ、建物の中がキレイになってるじゃん」
チャラチャラとした軽薄そうな男の声。言葉遣いも悪いし、頭も悪そうだなとマリベルは思ったが、得意の営業スマイルを浮かべて対応をする。
「冒険者の方ですね、依頼の確認ですか?」
「うぉ、美人な女も居るし」
ジロジロと無遠慮に胸を見てくる男の顔面に向けて手が出そうになったが、我慢だ我慢とマリベルは辛抱強く、心の中で唱える。
「なんか稼ぎの良い依頼、ある?」
「それでは冒険者ランクに見合ったモノを探しますので、冒険者証をお見せ下さい」
欲深く曖昧な条件を出してくる冒険者、ここまで酷い人は久しぶりに見た。この街では彼のような人が多いのかも、とマリベルは思ってうんざりしたが内心は見せずに忠実に職務に励む。
ランクを確認して、今ある依頼の中から適当なものを探して、さっさと終わらせる。そう思ったのだが。
「えー? 冒険者証? 持ってきてないなぁ」
「なんですって? 冒険者証を不携帯ですか?」
「いつも持ってきてねぇよ。何で今日は必要なんだよ」
あのギルドマスターは、証明証を見ずに冒険者に依頼を割り振っていたのか。常識から大きく外れた事が行われている、この街の冒険者ギルドを受け入れがたい気持ちになる。
「冒険者証が無いと、依頼を割り振ることが出来ません。冒険者証を持ってきて下さい」
「えー? 何処に有るかわっかんねぇな」
「再発行しますか?」
「それ金掛かんだろ? いいや」
「それなら、冒険者証を持ってきて下さい」
「今度持ってくるから、教えてよ。いいじゃんさ」
冒険者が馴れ馴れしく伸ばしてきた手が、マリベルの身体に触れようとした寸前。彼女の怒りが爆発した。ようやく抑圧していた我慢を解放できるんだと、嬉しさすらあった。
伸びてきた手をマリベルは掴み、グイッと引っ張って冒険者の体勢を崩す。そして受付テーブルの上に崩れた姿勢となった彼の背中に回り込んで、腕を極める。
「い、いてぇ、っっ放せ!」
マリベルの腕力によって、テーブルの上に押し付けられたポーズで動けなくなった冒険者。逃げようとすると、極められた腕が折れそうな痛みを感じて動けない。
「貴方は冒険者の資格を没収となります」
「な、何故だ!?」
「冒険者ギルドの受付嬢にセクハラを行おうとしました」
「そんな程度でかよ! つうか、いいかげん放せよッ!」
マリベルの決定に従わない冒険者の彼は、抵抗を続けるが逃げ出すことが出来ない。当然、放せと言われても聞き入れないマリベル。
「資格の没収は決定です。名を名乗りなさい」
「はぁ!? テメェにそんな事を決める権限があるのかよ!」
「もちろんありますよ」
冒険者ギルドの中で権限の高い順に並べると、一番の責任者であるギルドマスターの次に権限が高いのは受付嬢、という並び順になる事が多い。場合によってはギルドマスターと同等という所もある。
そして今現在この冒険者ギルドの中では、地方に在る冒険者ギルドの責任者であるギルドマスターよりも高い権限を有している派遣受付嬢のマリベル。彼女よりも高い権限を有しているのは、本部のギルドマスターや幹部職員たちの他には居ない。
「早く名を名乗りなさい」
「だ、誰が言うかよ」
マリベルの本気に、黙秘で応える冒険者。言う気はない彼の様子に、別の者に聞くことにする。
「ギルドマスターッ!」
「は、はいっ」
実はテーブルの影に隠れて様子をうかがい、マリベルと冒険者のやり取りを見ていたギルドマスターは、彼女の声に呼ばれてようやく表に出てきた。
「彼の名は?」
「彼は冒険者ランクCの、ニコルです!」
マリベルに詰問されたギルドマスターは、新米兵士のような口調でハキハキと質問に答えていく。
「彼は本ギルドから除名処分に決定しました。処理しておいて下さい」
「う……、りょ、了解しました」
「ぐうっ、ま、待てよ!」
この瞬間、冒険者のニコルという肩書であった彼は、ただのニコルとなった。納得の行かない彼だったが、抵抗を続けてもマリベルの拘束からは逃れられない。
実は、かつて冒険者をしていた経験から得た腕っぷしの強さがあるマリベル。それに派遣受付嬢として各地を旅する為にも鍛え続けていたので、そこら辺の冒険者には負けない実力が有った。
「ほら、冒険者でなくなった貴方には関係のない場所となりました。早々に出ていきなさい」
「くっ、覚えてやがれ」
ようやく拘束を解かれて、出ていくように言われたニコル。既に反撃しようとする気力が失せていて、悪党にふさわしい捨て台詞を吐いて建物から出ていくしか無かった。
そんなニコルの後ろ姿を見送り、ため息をついたマリベル。初日から、自分の関係ない業務をやらせれてヘトヘトだった。
***
その後、マリベルの手によってマラアイの街にある冒険者ギルドは、数々の問題を解決して正常な状態へと戻っていった。
様々な問題を見て見ぬふりをしていたギルドマスターは、ペナルティとして1年分の報酬を返上させられて、ギルドマスターとして再教育を受けるために本部へと戻された。
代わりに街へやって来たギルドマスターは前任者と違って働き者として、マリベルともタッグを組んで冒険者ギルドの立て直しを図った。
受付嬢に嫌がらせをしていた犯人は、マリベルが冒険者から除名処分にしたニコルその人であった。そして、嫌がらせされていたという問題が解決された結果、冒険者ギルドで仕事したいと受付嬢が戻ってきてくれた。
ようやくマリベルは、本来の派遣受付嬢としての仕事である受付嬢視察と業務改善が出来ると喜んだ。
そして、嫌がらせを受けていた受付嬢に今度は問題を自分でも回避できるように、冒険者ギルドで決めれれたルールを教えたり、護衛術を教えたりして職務を果たした。
「ふぅ、今度はどの街に向かうのかしら」
トラブルが色々とあったけれど、何とかマラアイの街での派遣受付嬢の仕事を終えマリベルは本部から送られてきた高い報酬を受け取る。そして新たな指示に従って、次の街を目指し旅立つのだった。
【短編】派遣受付嬢による冒険者ギルド立て直し
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます