絶望に至る病
※「婚約破棄に至る病」その後のお話です。
かつては王子という身分であったディートリヒは現在、治療が必要なほどの精神病を患っているという医師からの診断が出されていた。その結果、療養のために王国の地方にある王領地へやって来ていた。
そこは自然豊かと言えば聞こえが良いが、都市の開発が進んでいない時代から取り残された忘れ去られたような地域でもあった。
そしてディートリヒ元王子は病気を理由に継承権を取り上げられ、精神病を患った王族としての記録に蓋をされて彼の存在は無かったものとされ、忘れ去られてた土地へと連れて来られたのだった。
「私は、病気なんかじゃない。早く王都へ帰らせてくれ」
「ディートリヒ様、落ち着いて下さい。さぁ、この薬を飲んで。今夜は、ぐっすりと眠れますよ」
一辺倒に病気じゃない事を主張するディートリヒだったが、その場で看護を続けている彼ら彼女たちの中で、ディートリヒの言葉に聞く耳を持つ者は居なかった。子供をあやすように優しく接しながら。
ただ、ひたすらにディートリヒが療養する事を願って毎日彼のために生活する補助をして、時間が来たら治療のために薬を飲ませる事だけが自分達の仕事だと思って、働くだけだった。
毎日決まった時間に起こされ、決まった量だけ食事が出され、決まった薬の服用を指示される。
どれも強制的と言えるぐらいに決まって行動させられていて、拒否は許されない。
ある時、ディートリヒが薬を飲むのを拒もうとしたところ、彼を看護する医者数人が力づくで押さえつけて、無理矢理に飲ませることも有った。いくら彼が拒否しようとしても、スケジュールを突き通すために元王子でも勝手が許されなかった。
元王子は決められたスケジュールに従って、代わり映えのしないような生活を進行させられる、という毎日を過ごすことになった。
外出するのにもディートリヒ元王子が逃げ出すのを防止するために監視がついて、部屋の中でも誰かが必ず彼の側に立っていた。何もさせてもらえず、時が流れるのをボーッと過ごすだけで四六時中誰かに監視されているような生活。
しかも屋敷の中だと、彼らはディートリヒが話しかけても一切の反応をせず、予定に従って働くだけだった。周りに人が居るのに無視され、ディートリヒは孤立させられていった。
本当に頭がどうにかなりそうな、そんな生活を送っていたディートリヒ。
けれどもディートリヒのもとには時々訪れてくれる、かつての婚約者であったオリヴィアという女性がいた。
「ディートリヒ様、お身体の具合いはいかがでしょうか」
「ふん、また来たのかオリヴィア」
一週間に一度程度の割合で、ディートリヒの看病に来てくれていた彼女。しかし、婚約破棄という事件が今の状況を引き起こした原因だと考えているディートリヒは、自分の過ちを顧みずに彼女に対して強く当たることで精神を安定させていた。
ディートリヒに暴言を吐かれても、悲しい表情を浮かべるだけで何も言い返さないオリヴィア。ただひたすら、精神の病が治ると信じて声をかけるだけ。
「ディートリヒ様、貴方の病気は必ず良くなります。だから今は、医師の指示をしっかりと聞いて安静に生活を続けて下さい」
「ふん」
今、ディートリヒを一番に心配しているのがオリヴィアだろう。そして、優しく声を掛けてくれるのも彼女だけ。
他の人間は、ディートリヒという王子だった彼の存在を忘れ去ってしまっていた。オリヴィアだけが、元王子だったディートリヒという人間を認識している。無意識のうちに彼女の存在が、ディートリヒにとっての支えになっていた。
それなのに意地を張って、ディートリヒはオリヴィアに向けて変わらず酷い暴言を吐き続けた。病気なんかじゃないのに貴様の心配なんか必要ない、自分なんか放っておけと。
「どうぞお大事になさって下さい」
そう言って、オリヴィアは最後まで心配する表情を浮かべて、ディートリヒのもとから去っていく。見舞いに来た時、毎回のように見られる光景だった。
***
そんなある日、ディートリヒとオリヴィアの別れは突然やって来た。
いつものようにディートリヒの病気を見舞いにやって来ていたオリヴィアが、前触れもなく告げた一言に彼は衝撃を受けた。
「私、新しい婚約者が決まりました」
「なんだと……!?」
王族であったディートリヒから婚約破棄を言い渡された後、修道院に送られる人生を覚悟していたオリヴィアの元に新しい婚約の申し込みがあった。
その婚約話は家の発展を目的にした政略結婚ではあったが、婚約相手はオリヴィアと年の近い青年貴族だった。知り合いではない人物であり、どんな性格なのかも未知である相手であった。
だがしかし、その話を逃したらもう二度と自分の元には婚約の話が舞い込んでくる事はないだろうと確信していた。それに、貴族として家を発展させる事こそが令嬢の役目と信じていたオリヴィアは婚約の話を、すぐ受けることに決めた。
そして、新しい婚約相手が決まったオリヴィアは、元婚約者であるディートリヒを見舞い通う日々を、もう送れなくなったと説明した。
「申し訳ありません、ディートリヒ様」
「ふん、二度と貴様の顔を見ずに済むというのならば清々する!」
「……失礼します」
オリヴィアは、ディートリヒを悲しそうな表情で見つめながら告げた。最後の一言を口にした彼女は、もう二度と後ろを振り返らず、彼のもとから去っていった。
部屋を出る瞬間オリヴィアは、手を伸ばし引き留めようとしているディートリヒの未練の行動を見ずに済んだのだった。
***
その後、ディートリヒを心配して屋敷を訪れるような見舞客は、二度と現れることは無かった。以後、オリヴィアとの最後の別れを毎日のように思い出しながら後悔し続けて、1人でその人生を送るのだった。
【短編】婚約破棄に至る病
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