第4話「Centerfold」
土日が終わり、気だるい月曜日が始まる。多くの大人は会社に行き、職場へと向かう。女子高生は学校へ向かい、教室で授業を受け、勉学やクラブ活動に励む。それが世の中の流れであり、多くの人々の月曜日の過ごし方だ。
私の気だるい気分の吹き飛ばし方は洋楽を聴く事。洋楽を聴けば、不安も孤独も無くなる。ヘッドホンが嫌いなので、Bluetoothイヤホンで聴く。イヤホンとは名前ばかりで耳につけるだけのアレだ。迷惑にならない音量に絞って大好きな音楽を聴けば、不安で彩られた月曜日も少しはマシになるというものだ。
今時の曲は聞かない。主張が、主語がうざったい曲なんてごめんだ。愛だの、恋だの、なんてどうでもいい。80年代の洋楽が一番良いのだと断言しておく。私が何を聴いているかは各話のタイトルを見ればわかるので、暇なら調べてみるといいだろう。
校門前に到着した私は名残惜しい気分をしつつも、音楽を止めて鞄にしまう。うちの学校には持ち物検査こそないが、先生が目を光らせているので、基本的にしまっておいた方がいい。以前、スマホ没収されて子がいて、その子は反省文を書かされ、教師が親に電話し、その間に電話され、放課後やっと返してもらえた。安堵の息をついて帰宅すると、親から猛烈に怒られたなんて話も聞く。
案の定、校門前には先生がいて、挨拶もそこそこに自分のクラスの席へと向かう。席につき、何をするでもなくスマホを弄る私。周囲は友達と昨日、どこどこで何々を食べた話だの、○○先輩がカッコいいだの、アイドルの○○ってグループの○○くんがカッコいいだの、そういう話が聞こえる。男子も似たり寄ったり。
「おはよ、あゆちゃん」
と、声をかけてくれたのは我が天使・ミオちゃんである。見開きページの写真に彼女がいれば、売り上げ増間違いなしだ。
「おはよ、ミオちゃん。体調はどう?」
「大丈夫だよ。熱も下がったし、もう元気だよ」
「それならよかった」
「あのさ、お礼がしたいんだ。色々と迷惑かけちゃったから、そのお詫びに」
「別にいいよ、お礼なんて」
「ううん、さすがにそれは悪いよ。放課後ね、寄りたい場所があるんだ。一緒に行こう」
「お詫びなんてしなくていいよ」
「でも……」
「行くんなら、デートとして行きましょ」
「デート……うん、デート! デートしましょ。あ、また放課後ね」
チャイムが鳴り、軽く手を振って自分の席に戻るミオちゃん。彼女の席は教室の真ん中の最後尾である。明るく笑みを浮かべて、うきうき気分な彼女を見送って心が温かくなるのを感じた。手を振ってあげると喜んでくれた。放課後を楽しみに待つことにしよう。
あっというまに放課後。
空は夕焼けがかかり、コバルトブルーの闇がすぐそこまで来ていた。日村も誘うとしたが、今日もお稽古とかですぐに教室を去った。相変わらず忙しいようだ。残ったミオちゃんと私の二人でデートをすることにする。
「行きましょ」
と、ミオちゃんの手を掴む。
彼女はちょっと驚いたものの、嫌そうな顔はしていない。ただ、少し顔を赤らめている気がするが、夕焼けのせいかもしれない。
「う、うん」
「嫌だった?」
「あ、そ、そんなことないよ。ちょっとびっくりしただけ。えへへ、ちょっと嬉しい」
握り返してくれる手はしっかりしていた。それを確認してから、私達は教室を後にした。
学校を出て、のんびり歩く。ガードレール沿いに歩き、さてどうしたものかと話す。さっきからミオちゃんがずっと無言だ。手つなぐのが恥ずかしいのかな。といっても離しはしないが。
「で、どこに行くの?」
「あ、ええとね、美味しい喫茶店があるの。親戚の人がやってるお店なんだけど、静かでとてもいい所なんだよ」
「へえ。じゃあ、そこで食べてこ。案内よろ」
「うん!」
ミオちゃんは張り切って案内してくれた。場所は学校から10分くらい離れた場所で、閑静な住宅街だ。ミオちゃん所は旧家が多かったが、こちらは新しい家が立ち並ぶエリアだ。ドラマに出てきそうな2階建ての正方形の家が横一列に広がっている。家と家の間がほとんどないので、生活音とか聞こえてきそう。辺りに人はまばらで、たまに犬と散歩中の人に遭遇するくらい。
そこから更に奥に行くと、確かに喫茶店らしきお店が見える。店名は「
私だけかもしれないけど、どうもこういう個人店って入りにくいのよね。ゴメダとかズダバみたいな有名なチェーン店だと入りやすいんだけど。柄にもなく緊張する。
「ここね」
「さ、入ろ」
と、腕を引くミオちゃん。そのまま彼女に連れられて中に入ることに。
「いらっしゃい」
と、挨拶をしてくれたのはダンディという言葉が似合いそうな壮年の男性。見た感じ60くらいかな? グラスをクロスで優しく拭いている。
「こんにちはです」
「あ、初めまして」
「お好きな席にどうぞ。メニューはテーブルにありますよ」
と、私達は店内の隅の席に座る。喫茶店にテレビやラジオはなく、とても静かだ。
店内には私達しかいないらしい。全体的にウッド調の壁や床、カウンターは昭和レトロな感じがして好感が持てる。ひとまず、運ばれた水を口にしてメニュー表を見る。
「メニューはどれどれ……おすすめはカレーなのね。これにしようかな」
「ここのカレーは絶品だからおすすめよ」
「そりゃ期待できるね」
「うんうん。私はオムライスにするね。おじさん、カレーとオムライスを」
「はいよ」
ミオちゃんのオーダーに優しく答えるマスター。
「あ、私、ちょっとお手洗い行ってくるね。あゆちゃん、鞄お願い」
「うん、見とく」
ミオちゃんが席を立ち、たたたとお手洗いに。ちなみに一番奥の突き当りにあるようだ。
「君はミオちゃんのお友達かい?」
「はい、そうです」
退屈しのぎにスマホを弄ってると、マスターが尋ねてきた。
「あの子が和美以外を連れてくるなんて珍しいなと思ってね。和美と食べている時もどこか心あらずって感じで少し心配だったんだ。あの子の笑顔を久しぶりに見た気がする」
「そうなんですか?」
「ああ。ま、これからも仲良くしてやってくれ」
マスターはそれ以上何も言わず、料理に集中した。和美と一緒に食べに来るのは想像できるが、マスターから見ると、元気がなさそうな感じに映ったようだ。
私が彼女を少しでも励ますことができているのだとしたら、嬉しく思う。
「ごめんね~~」
と、戻ってきたミオちゃん。笑顔を浮かべる彼女はとても元気そうに見える。
「ん、どうかしたの?」
「今日もミオちゃんはかわいいなって思ってね」
「ふふ、ありがと」
私達は和気あいあいと楽しい時間を過ごした。カレーライスはほどよい辛さで、辛い物がそれほど得意ではない私でも美味しく食べられた。食べた後に飲むコーヒーも美味しく最高だ。
ミオちゃんもオムライスを美味しそうに食べており、会話も弾み、私達は楽しい時間を過ごし、心地よい時間を共有することができた。
そして、あっという間に日は落ちて夜になった。幸せな時間ほど短く感じるものだ。ミオちゃんの家までたどり着いた。祭りが終わった後の空気と似たようなものを感じる。
「じゃ、また明日だね」
「…………」
ミオちゃんは私の袖を握って離さない。
「疲れないの? 異物である私なんかと一緒にいて」
「友達の事を異物だなんて思ったことないよ、私」
「私と一緒じゃ疲れるでしょ?」
「そんなことない。一人でいるほうがしんどい。というか、寂しいの。考えなくてもいいことばかり、ずっと考えて落ち込んじゃうの」
「私、キス魔だからミオちゃんにキスばかりするよ?」
「いいよ。あゆちゃんなら」
「………」
「私、あゆちゃんの事、好き。だから、一緒にいたい」
こんな風に言われたら何も言えない。本当は家帰ってゆっくりしたい気持ちもあるんだが、もうそんなのいいや。大好きな子にここまで言わせて帰るなんて、人のすることじゃない。
「着替えある?」
「あるよ。通販であゆちゃん用を買ったの」
「用意がいいことで」
「下着も準備してあるよ。サイズはカズちゃんに教えてもらったの」
「あ~確か、前に下着屋に一緒に行ったことがあったわね」
よく数字覚えてたな、あいつ。
「わがまま言ってごめんなさい。でも、でも、どうしても……」
「ああもう涙目にならないでよ、私が泣かしてるみたいじゃん」
「ごめん、ごめん」
「今日は寝かさないからね♡」
「ふふ、望むところよ」
という訳で、私はまたミオちゃんの家に泊まることになったのだった。だか、彼女の笑顔が見られるなら、それもいいだろう。
peaceful days -ピースフル・デイズ‐ 六恩治小夜子 @sayoko
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