第2話「Can't Stop」
人の家でシャワーを浴びるのは随分と久しぶりだ。
友達と言うと思い出すのは日村だが、彼女の家で遊ぶことはあっても泊まったことはない。もちろん、諸々の付き合いでクラスメート以上友達未満の子と遊ぶことも何度かあったが、お泊りするほど仲が良いわけではない。だから、ちょっと斬新というか、慣れないというか、変な感じだ。
というか、バスルームはすごく広いんですけど。どれぐらい広いかと言うと、子供3人とお父さん・お母さん両方が入っても足りる広さだ。バスタブも広く、私一人が足を全部延ばしても届かないほど。壁にはテレビが埋め込まれていて、防水加工のリモコンもある。窓にはカーテンも完備。まさに理想のバスルームと言えるだろう。試しにテレビをつけると、ニュースや再放送のドラマがやっていたが生憎、興味がなかったのでそっ消し。
シャンプー、リンス、ボディソープは割といい所のメーカーでちょっとお高い奴だ。一応、名前は知ってるが持っていない。昔、姉が同じ奴の小さいボトルをくれたことがあって、それを使ったことがある程度。高級な香りに包まれつつ、髪と身体を洗っていく。慣れない気分が続くが、シャンプーの香りがそれを少しごまかしてくれた気がする。ちなみに鏡は正方形の縦長、おまけに曇らない仕様だ。これは嬉しい。うちにもほしいなぁ、この鏡。
お風呂から出て、貸してもらったパジャマに着替える。ブラはつけず、パンツだけ変える。幾つかミオちゃん用に買ったものだが、自分で履くことになった。
「あゆちゃん、冷たいジュースどうぞ」
と、ミオちゃんはジュースを入れてくれていた。
コップに二つ、オレンジ色のジュースが入っている。
「もう大丈夫なの?」
「うん。だいぶ良くなったよ」
と、笑顔を浮かべるミオちゃん。
少し無理をしている気もするが、私に気を遣っているのかもしれないが。ここは「よかった」と頷いておく。
「っていうか、ごめんね。色々……。私の為にお買い物とか、色々してくれて。本当に本当にありがとう」
「色々が多いよ。まあ、これぐらいなんてことないよ」
オレンジジュースを飲みつつ、ふうと一息つく。確かに忙しかったし、慌てたりしたけど、喉元過ぎれば何とやら。今は心地いい疲労感だけがある。携帯を確認したが、日村からは特になし。親は事情を知ってるし、そもそも、私にはうるさく言わない。特に何もない……しいて言うなら、オーバーイーツの公式LIMEから割引セールの案内が来てた程度である。
「ミオちゃんLIME教えて。電話番号も。あと写メも撮ろう」
「あ、う、うん。どうやるのかな?」
「LIME開けて、友達追加からQRコードを押せばいいよ」
ミオちゃんのスマホがQRコードを読み取るカメラモードになったので、私のスマホはQRコードそのものを出す。すぐに読み取られ、自動的に私のデータがミオちゃんのスマホに記憶される&友達登録が完了。
「で、私にLIME送って。スタンプでいいから」
「う、うん」
数秒後、かわいいスタンプが来る。
LIME公式キャラクター・チートンという鳥だ。
確か、初期から入ってる奴。
「ミオちゃん、スタンプ買ったことないの?」
「持ってはいるけど、マニアックなのが多いから。いきなりそういうの使うと引かれちゃうかなと思って」
確かに深夜アニメとかのスタンプが送られても知っている人ならいいが、知らない人だとそれ何ってなっちゃうか。
「今持ってるの見せて」
ミオちゃんの傍に行き、横からスマホを覗き見る。
少し嬉し恥ずかしい表情であたふたしつつもスマホを見せてくれるミオちゃん。
「こ、こういうのだよ」
見せてもらったが、彼女が保有するスタンプはほとんどキャラクターものだ。ラリックマ、クマのブーさん、グルニャン、ポケポン。中にはダイオウグソクムシ、アマビエ様なども。
「どれも知ってる。グルニャンは友達が好きだったなー」
「へぇ、グルニャン好きな人珍しいかも。ほら、割とグロかわいいというか。流血描写多いし。5分のミニアニメも深夜枠だったし。苦手な人も多いからね」
「その子はグルニャンがホント好きでね。限定グッズだの、何だの買いに行かされたの覚えてるわ」
「ふふ、そうなんだ。いいなあ、そういうお友達がいて。私、お友達はカズちゃんしかいないから……」
カズちゃんとは日村の事だ。
もっと女らしい名前が良かったと本人は言ってたが。
「あゆちゃんはお友達たくさんいそうだね」
「いや、そうでもないよ。今言ったグルニャン好きな子が一番の友達だったの。日村も友達だけど、ちょっと出会い方が特殊でね」
「特殊って、どんな感じだったの?」
「あいつがクラブで男にナンパされてね。トイレに連れ込まれかけて変な事されそうなった事があったの」
「え……」
「で、私がその男の脳天に蹴りを入れてやってね。んで、日村連れて全速力で逃げたの。今でも覚えてるわ。あの日は人生で一番走ったなぁ。で、泣きじゃくる日村を私の家でなだめてね。あの頃は姉さんもいたし、二人で話聞いたりしたわ」
「その話、初めて聞いた。それっていつ頃の話?」
「中学二年の時だから3年ぐらい前かな。日村、家の事で結構ストレス溜めてたみたいでね……羽目を外したかったんだって。まあ、黒歴史だからミオちゃんには話したくなかったんだろうね」
「っていうか、あゆちゃんもクラブ行くんだね。ああいう所って深夜営業だけど未成年とか大丈夫なの?」
「その店は高校生OKだったし、基準も緩い店だったからね。私の場合はオーナーがさっきの友達のご両親で顔見知りだったからね。少し安くしてもらってたから行ってたの。時間潰しがてらにね」
そう、時間つぶしだ。あの頃は何も考えたくなかった。けど、一人で部屋にいればいるほど無駄に考えてしまう。答えが出ない問題をずっと頭の中で反芻してしまうのだ。それが嫌で、元々嫌いな人込みにわざと紛れて自分の気持ちを誤魔化していた。言い寄ってくる男もいたけど、そういうのはごめんだった。テキトーに話し合わせて、当たり障りのないようにしていた。
「まあ、その店は無くなって今は更地なんだけどね。私もそういう所は行かなくなったし。今はこうしてミオちゃんとお喋りしている方が楽しいよ」
「そう言ってくれると嬉しいな……でも、ちょっとわかった気がする。どうしてあゆちゃんに頼んだのか。きっと信頼してるんだろうね」
「どうかな……別にどっちでもいいけどね。ただ暇つぶしで生きてるだけの人間なんだけどね」
「え?」
「ごめん、なんでもない」
思い出しても仕方がない事ばかり、思い出してしまう。
嫌だなぁ、歳をとるって。
「まだ本調子じゃないでしょ? そろそろ寝よっか」
「……わかったよ」
私は彼女の手を取り、二階へと向かった。その間、何も話せなかった。というか、言葉が出なかったという方が正解だろうか。
何思い出してるんだろうか、私は。
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