peaceful days -ピースフル・デイズ‐ 

六恩治小夜子

第1話「Dani California」

つまらない授業が軽快なチャイムと共に終焉を迎える。帰りのHRもそこそこに浮足立つ生徒諸君はそれぞれに散っていく。部活へ行く人達、普通に帰る人達、この後の予定を話し合う人達もいるようだ。



私こと仲村歩美なかむらあゆみはそのどれにも属さず、一人で帰ることにする選択肢を選んだ。騒がしい場所に紛れるのもたまにあるが、基本的に静かな方を好む生き物なのだ。ロンリーウルフを気取った女なのである。




「ちょい待ち」



と、背中を引っ張られる。

振り向くとちびっこが私の制服を掴んでいた。




「なんだい、日村。私はパラモアの曲を聴きながら歩きたいの。でも、その前にお疲れ様のカフェラテをコンビニで買って、糖分を摂取して、それからのんびり帰るのが私のささやかな楽しみなのだ」




「ご機嫌な帰宅ルートを邪魔して悪いが、このまま帰らせる訳にはいかねぇ。ちと用事を頼まれてくれ」




「30万で手を打とう」




「アホ。誰がそんな金出せるかっつーの。誰にでもできるが、お前にしか任せられない仕事だよ」




「やだよ、そんな怪しげな仕事。しかも無料とか、怪しさ100%。勘弁して」




と、我が友人・日村和美ひむらかずみは否応なしにプリントを押し付けてきた。

プリントには「進路希望調査表」とある。




「なにこれ?」




「これをミオに届けてやってくれ。今度、学食おごってやるからさ」




ミオは日村の幼馴染だ。確か、山本美緒やまもとみお……だったかな。ただ、彼女は学校を休みがちだ。ぼんやりとしか顔を覚えていない。学校でも日村以外とは特に話しておらず、何回か図書室で本を読んでいるのを見た覚えがあるが……それも数か月前の話だ。ここ最近は出席しているところを見たことがない。




「あー、学食は遠慮しとく。購買の玉子サンドイッチでね。なんとかウイルスのせいで数少なくて最近ゲットできてないから」




「へー、へー、わかりやしたよ。お前、ミオの家は知ってるな? 森永中央公園もりながちゅうおうこうえんの近くだ。旧家が多い中に一つだけモデルルームのような綺麗な二階建ての住宅があるんだが、そこだ。山本って表札もある。一応、LIMEでグーゴルマップを送ってやるよ」



慣れた操作でスマホを操る日村。

鞄が震えたので、即届いたようだ。



「っていうかさ、あんたが届けりゃいいじゃん。家近いっしょ」




日村の家は森永中央公園から5~6分ほど先だ。帰り道がてらに渡しに行けばいい。体調が悪くて休んでいるのなら、ポストにでも入れてLIME送ればいいと思うのだが。




「いや、今日はもう迎えが来てる。見てみろ、校門を。黒塗りのリムジンなんてアニメみたいな光景にうちの生徒がビビってるぞ!」



「あれま」



校門付近に本当に黒い横長のリムジンと執事みたいな紳士服に身を包んだお爺さんがいる。辺りの生徒たちは遠巻きに目を見合っているようだ。そういえば、日村の家はお金持ちだったのを思い出した。




「いいか、今日は日舞の稽古とか、夜は親戚来たりとかで超超超超忙しいんだ!! 悪いが頼んだぞ。やべ、めちゃ鬼電されてんじゃん!!」




と、日村はスマホを手にし、慌てて電話しながら教室から嵐のように去っていった。お金持ちになりた~いって思うけど、お金持ちはお金持ちで大変らしい。




「仕方ない……カフェラテはミッションの後にしますか」




面倒くさいことはさっさとこなすに限る。今までもそうしてきたし、これからもそうしていくだろう。気だるい足を動かし、目的地へと向かうことにした。









森永中央公園は学校から歩いて5分の所にある小さな公園だ。普段は子供連れやお年寄りがいるが、夕焼け小焼けの空の下では流石に誰もいなかった。帰宅を促すアナウンスも流れており、閑散としている。その公園を通り過ぎると住宅街に入るが、どこも旧家で家が大きい。なんでも地主さんとか、その親戚などが揃って住んでいるとかいう話を母がしていた気がする。山本さんもその親戚グループの人なのかな? まあ、私にはどうでもいいのだが。




で、住宅街を見て回っていると日村の言う通り、モデルルームみたいな、よくドラマでマイホームパパが住んでそうな2階建ての赤い家・車庫付きの家が一軒だけあった。表札も「山本」とある。




「めちゃくちゃ浮いてるなぁ」




周りは大きくて古い家(おまけに木造)が多いのにここだけ変にドラマに出てくるような家で正直、かなり浮いている。空いた土地を買って家を建てた感じなのかな。まあ、そんな住宅事情はどうでもよい。早速、チャイムを鳴らす。




「……はい」




小さくか細い声が聞こえてきた。

なんか吐息っぽく聞こえるような?




「あー、同じクラスの仲村っす。日村に言われてプリント持ってきやしたー」




「あ、は、はい。玄関開けてるんでどう……」




”ぞ”の部分が聞こえず音声が途切れ、ドタっと倒れたような音がインターフォン越しに聞こえてくる。嫌な予感がして速足で玄関まで行き、ドアを開けた。すると、一人の女性……いや女子が倒れていた。




「ちょ、大丈夫!?」




女子は荒く息を吐き、赤い顔をしていた。おでこを触るとすごく熱い。早く看病しないと!




「あんた、部屋は!?」




「にかい……」




「ちょっとおんぶするからね!」




おんぶして彼女を二階まで連れていく。幸いにも部屋に「美緒の部屋」とプレートがあった。一旦ベッドに寝かせる。即座に一階に戻り、冷蔵庫を漁り、外に干していたタオルを引ったくって水で濡らしてよく絞ったり……慌ただしく動いてバタバタすることになった。




残念ながら、これでカフェラテタイムは無くなってしまったのである……。








「ふう……まあこれでなんとかなったわね」




悪いとは思ったが、新しいパジャマに着替えさせ、締め付けのキツイ下着を外してあげた。汗を拭き、冷たいタオルで頭を冷やしてあげた。近くのコンビニでゼリー飲料やら風邪に効くドリンクやらを購入したり、おかゆ、スープなどの消化のよさそうなものを購入しておいた。部屋の片隅に生理用品があったので、同じ物をついでに購入。




「ついでに事情を日村に送るっと」



LIMEで日村に事情を説明しておく。すぐに既読がついて返信が来た。



”それはすまんかった。こちらはまだ家族の用事が済んでなくて、行くのは明日にならないと無理だ。できれば、そのまま看病してあげてくれ”



”それマジで言ってる? 私、彼女とほとんど面識ないんだけど?”



”なんならこの機会に仲良くなるといいぞ。寂しがりやだからなミオは。スマホは見てるが電話はできない。もし本当にヤバい状況になったら救急車を呼んでも構わないからな”



”つーか山本さんの親は?なにしてんの?”



”どっちも最近、事故で亡くなってな。ともかく頼んだぞ”



そこでLIMEは途絶えてしまった。

最後にベジタブルサンドも追加しろって送っておいた。




山本さんは寝たままだが、さっきより呼吸が落ち着いている。リビングに常備薬があったので、それを飲んでもらったがよく効いているらしい。こういうのがあるってことは、普段から体調を崩しやすいのかもしれない。




このままほったらかしで帰るのもアレなので、Bluetoothイヤホンを装着し、スマホと接続させて、動画を見ることにした。お小遣いで買った超絶いい奴なので音漏れはほとんどない。急な電話やLIMEもばっちりの優れものだ。リビングで見てもいいが、何かあった時の為、傍にいることにする。





「ん~~~~」



動画も見飽きたし、リビングで寝ようかなと思った。しかし、人の家で……まあ、うちの家族にはさっき電話で事情を説明したから泊っていくのもアリだが、他人の家はちょっと居心地が悪い。ましてや友達でもないし、失礼になるかもしれない。手紙だけ置いてさっさと帰ろうかなと思ったが。




「あの……」



「あら、おはよう」




山本さんが起きた。

軽くフレンドリーに挨拶をかわす。




「もう大丈夫?」



「うん、なんとか。あの、色々ごめんなさい」



「いいって、いいって。日村に奢らせるから。長居しても悪いし、私は帰るね。

あ、これプリント」



「あ、あの、お礼……」



「じゃあカノジョになって♡ なんて冗談……」



「よ、喜んで」



何故か顔が更に赤くなってる。

あれ、冗談が通じていない?

Why?



「で、でも、ま、まずはお友達から初めていただけると嬉しいです。よ、よろしくね、仲村さん」



おずおずと差し出された手を優しく掴む私。



「よろしく、山本さん。いや、ミオって呼ぶね。私もあゆみでいいよ」



「うん。よろしく、あ、あゆみちゃん……」



私達は握手を交わすのであった。









本来ならこのままお喋りしたい所だが、生憎、彼女は病み上がりだ。このまま長居するのはよくないだろう。時刻は既に午後6時30分を回っており、そろそろ帰宅したほうがいいかも。うちは放任主義なので門限とかは決められてないが、一応、女なので夜道は危ないのである。




「私、そろそろ帰るわ。ミオも気遣ってしんどいでしょ? ゆっくり休んで」




「……よかったら、泊っていかない?」




意外な発言に私は素直に驚く。

少し間があった。




「それは嬉しい提案だけど、ミオちゃんは体調崩してるんでしょ? 他人がいたら休めるものも休めないっしょ。明日は日村も来るだろうし」




「他人じゃないよ、あゆみちゃんは友達だよ」




「うん、そうだね。でも」




「お願い。一人は嫌なの!」




そこでミオちゃんは私に抱き着いてきた。

見た目でもわかっていたことだが、抱き着くと乳がでかいことを更に感じる。

が、今はそれよりも彼女が涙した理由が気になっていた。

そういえば、最近、親が事故で亡くなったってLIMEで日村が言ってたわね。




「私なら体調崩しただけで病気とかじゃないから。だから、あゆちゃんさえよければ泊ってほしい。一日だけでいいから。だから……だから……」




私は彼女の髪を優しく撫でてポンポンと軽く肩を叩く。まるで小さい子をあやすかのようだ。あゆちゃん呼びされるのはくすぐったいが、悪くはない。

だいぶ久しぶりだ、そんな呼び方をされたのは。




「わかった。そこまで熱くリクエストされちゃ断れないよ。でも無理しちゃだめだからね。OK?」




「うん」




私は覚悟を決め、一泊することにした。

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